第6話 アリシア、正義とは何かを知る

「生贄……それはおそらく、妖精族のことでしょうね」


 妖精族⁉

 妖精ってあの妖精? 妖精って神に生贄を捧げたりするものなの⁉


「妖精は自然を愛し、自然とともに生きる……エルフと似た種族かと思ってましたけど?」


「エルフは生贄を捧げたりはしません」


 一応やんわりと否定してくるエブリンさん。

 さすがにそれはわかりますけど。


「ハーフエルフも生贄を捧げたりはしませんわ」


 と、エミリーさん。

 エミリーさんハーフエルフなんだ? ステータス情報ちゃんと見てなかった……ん、あれ? 人族になってるけど? ああ、ハーフだからステータス情報的には人族になってるけど、ルーツがエルフってことね。耳は普通に小さいしぜんぜんわからなかったわー。


「マッチョは怠惰を訓練に捧げているよ」


 ズッキーさんがなんかちょっとうまいこと言おうとして滑ってる……。


「私は妖精族が生贄を捧げるという話を聞いたことがありませんが」


 おっと、エブリンさん、ズッキーの滑り芸を華麗にスルー! さてはいつもこのパターンで滑ってるな?


「妖精族と言いましても、ここに住み着いているのはちょっと特殊でして。ピクシーの集団……しかも闇妖精と呼ばれている者たちなのです」


「ピクシー、ですの……」


 エミリーさんの表情が曇る。

 えっと、ピクシーと言えば、いたずら妖精のことよね。透明化して悪さするタイプの。それが生贄? あまりピンとこないけれど……。


「闇妖精は厄介。女神・リンレーを信仰しているらしい」


 お、ハインライトさんがひさしぶりに『酒』以外の言葉をしゃべった!


「女神・リンレー様というと……」


「正義の女神・リンレー様のことですわ」


「正義と平等。天秤に釣り合うものがすべて、という考え方をされる女神様で……」


 エブリンさんが何かを言いかけてからだんだんと尻すぼみになっていった。


「正義の女神様を闇妖精が信仰しているのですか? ぜんぜんわからない……」


 登場人物たちがまるでつながらないんですけど?


『私が説明しましょう』


 あ、ミィちゃん! こんばんはー! わたし、冒険してるよー。ミィちゃんの加護のおかげでLv28になっちゃった♡


『おめでとうございます。もう王国騎士の中でも重要なポジションを任されるくらいの力はあるのではないでしょうか』


 あ、Lv28でそんなにいっちゃう? Lv10で王国騎士団に入団相当だった気が。これ、Lv50くらいまで上がったら、わたし、国王になれるんじゃ⁉


『アリシア。国王は騎士団の延長線上にあるわけではないのですよ』


 一番出世した人が国王になるんじゃないのかー。毎年闘技場で開かれる武闘大会で優勝した人が国王で良くない? そうだ! 天下一武道会って名前が良いと思う!


『世界はそう単純ではないのです……。その話ではなくて、女神・リンレーのことを伝えましょう』


 あ、そうでした。

 ミィちゃんはすーぐ話題をそらしてくるよねー。わたしとお話したいからってかわいいんだから♡


『リンレーは正義の女神です』


 むーしー。まさかのむーしー! わたし、泣いちゃう!


『リンレーは少し融通が利かないところがあり、信徒に対して、いついかなる場合にも正しい行いを求めます』


 いついかなる場合も……。なかなか厳しいねー。ちょっと息が詰まりそう。


『そうですね。たとえばアリシアのように、ほんの少しでも女神に不敬な態度を取ろうものなら、たちまち断罪されてしまうでしょう』


 ええー⁉ わたしって不敬だったの⁉ 愛情表現って不敬なんだ……。


『時と場合に寄ります。と私は考えるわけですが、リンレーはそうは考えないようです』


 あー、なんかわかった気がします……。わたし、リンレー様とは仲良くなれなそう。


『しかし断罪には猶予が与えられます』


 猶予。執行猶予的な? 一定期間罪を犯さなかったら無罪放免?


『いいえ。罪と同じだけの善なる行いをすれば許される、という考え方です』


 リアルな懲役みたいなものかな? それで天秤なのかー。ものが釣り合う。罪と善が釣り合う。


『リンレーは平等、言いましたが、誰に対しても分け隔てなく接する、という意味でも平等なのです』


 善き者も悪しき者も分け隔てなく。


『そういうことになります。たとえ良くない行いをしたとしても、それと同等の良い行いをすれば赦されるという考え方なのです』


 いたずらをして誰かの持ち物を壊したとしても、同じものを買って返せばその罪はなかったことになる。


『はい。アリシアは理解が早くて良いですね』


 もし面白半分で1人の人間を生贄として捧げたとしても……1人の人間の命を助ければそれは釣り合う……許せない。


『ピクシーの種族的な性質でもありますが……生贄はやりすぎです。そしてそれを赦しているリンレーに対して苦言を呈する女神が少なくないのもまた事実です』


 でも止まらない?


『リンレーは積極的に生贄を求めているわけではないですが、ピクシーの行いはリンレーの正しさの基準の中で、一切の矛盾が生じていないのです。ですから、女神としての在り方を、他の女神が否定することはできない、という状態なのです』


 正しければいいの?

 女神の在り方に反していなければ何をしても、何をさせても良いっていうの?


『それはアリシアの中にある正義です。リンレーの正義とは違うものです』


 そう、ですね……。


 それぞれの正義。


 わたしの中にある正義がピクシーを、リンレー様を許せないと言っている。

 戦争は正義と正義のぶつかり合いだ。


『アリシア、今回の件で言えば、まだ誰も傷ついていないので間に合います。逆上して話し合いをせずに暴力に訴えてはなりません』


 でも――。


『私の信徒であるのならば、愛をもって接してください。愛をもって接し、相手の言い分を、相手の正義を確かめた後、ふさわしい行動に出ると良いでしょう』


 愛をもって。

 そう、ですよね。

 いきなり殴りかかるのはミィちゃんの信徒のやり方じゃない。


 大丈夫。

 ミィちゃんのおかげで冷静になれました。


『それは良かったです』


 わたし、まずは話をしてみます。ピクシーともリンレー様とも。


『お互いを知り、最善の結論に達することができるよう、祈っていますよ』


 ありがとう、ミィちゃん。



「えっと、突然ですけど、わたし……明日ピクシーとリンレー様と話し合いの場を持ちたいと思います」


 わたしはみんなの前で宣言した。

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