第9話 アリシア、踊る。そして――

「それで、この踊りはどのように楽しめばよいのじゃ?」


 チームドラゴンの演技を見ながら、マーチャン様が梅酒のグラスを傾ける。丸い氷がグラスの中でカランと音を立てた。

 あんまり興味ない感じかなー。ソフィーさんと話をしているほうが楽しそうに見える。


「お店のサービスの1つでございますので、お好きなようにご覧いただければ幸いです」


「お好きなようにとはどうしたらよいのじゃ? 我にはわからんのじゃ」


「そうですね。横目に見ながらお話を続けていただいてもけっこうですし……。わたしでしたら……この柔らかな音楽に合わせて踊る彼らの手足の動きに色気を感じてつい見つめてしまいますね」


「色気とな。汝はあの3人の誰かが好きなのか?」


 グラスをテーブルに置き、グイと顔を近づけてくる。興味津々といったところかな。どうやら恋愛話が好きな人みたいね。


「いいえ、そういうことではなく……。えーと、一般論としてですね。男性のしなやかな動きに美しさと尊さを感じると言いますか……。ずっと見ていたいな。あの筋肉に触れてみたいな……となりませんか?」


 なりますよね⁉ マーチャン様も女性ならちょっとはわかりますよね⁉


「ならんの~。これっぽっちもならんの。我は未発達な体のほうが好きじゃ」


 なんと……。あ、ああ……お気に入りの天使ちゃんたち、わたしと同い年くらいの新人ちゃん2名だったわ。マーチャン様ってば、ショタ好きでしたのね……。自分もロリロリなのに。


「さ、さようでございましたか。では……わたしが少し踊りましょうか。なんちゃって」


 ショタじゃないけど未発達な体……って誰がまな板幼女だっ!『交渉』スキルの持続効果のおかげで、容姿・体型ともにけっこう良い感じに成長してきてるわっ!


「おう。それは見たいの。我はアリシアのことは気に入っておるぞ。ちと踊ってみせよ」


 マジですかい。

 まあ、それで楽しんでいただけるなら別にかまいませんけれどもね。

 

「かしこまりました。それでは失礼してわたしも舞台へ。どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」


 恭しく頭を下げてから、わたしは3人のもとへ滑り出していく。


 大きな動作で滑りつつ、3人それぞれと順番に絡んでいき、小声で事情を説明する。少し演技構成を変えて、わたしを中心にお願いね。


 BGMチェンジ! ワルツで行こう!


 さあ見て。わたしたちの演技。チームの踊りを。


 まずはセイヤーと絡む。

 軽快なステップ。まるで兄妹のようにユニゾンした動き。楽しく笑い合って、手をつないで滑る。いつもより多く回っておりまーす♪


 次にエリオット。

 打って変わって力強く、圧倒される演技。それにわたしが追従する形を取る。リフトで高々と持ち上げられて、そう、まるで親子のように振舞う。わたし、輝いてますか?


 最後はエデン。

 動から静へ。しっとりとしなやかな演技。エデン王子がまるでお姫様を迎えに来たかのように傅く。わたしはその手を取り、絡みあうようにスピンをする。2人の体が溶けて1つになるような、そんな甘美な瞬間。


 ラストは全員で。

 親も子も兄も妹も王子も姫もみんな仲良く。手に手を取ってお祭り騒ぎ。これがわたしたちの表現です。どうですか? 楽しんでいただけましたか⁉


 音楽が終わり、全員で手をつないで大きく頭を下げる。


「すばらしいぞ! 良いものを見たぞよ」


 マーチャン様が立ち上がり、拍手を贈ってくれる。

 ああ、良かった。ちゃんと見ていただけた。


「ありがとう、ございます……。お楽しみ、いただけましたか……」


 さすがのわたしでも、全力の演技終わりは息が切れている。でも気持ちいい。気分は最高!


「アリシアの体は魅力的に見えたぞ」


 ニコニコ顔で褒めていただけている。けれど、超複雑な気持ち……。マーチャン様は演技じゃなくてわたしの体を見ていただけ……なのね。うーん。まあいっか。そういう楽しみ方もあるよね。まああるか。うーん。


「そうですね……。いろいろな楽しみ方がございますので、喜んでいただけたならうれしいです」


「汗をかいておるの。どれ、我が拭いてやろう」


 マントの裾を捲り、その下から布を取り出してくる。あじさいの刺繍がついたハンカチ。


「あ、それ」


 まさかわたしが縫った巾着袋じゃ。


「これな。巾着では使いにくいので、ハンカチに仕立て直してもらったのじゃ。良いじゃろ?」


 広げて見せてくる。


 構造把握! やっぱりわたしが縫ったやつ! でもなんで?


「アリシアのことが気に入ったのじゃ」


 口角が上がり、今日一番の笑顔を見せている。

 えっと、気に入られるのはうれしいけど、そこまでされるとちょっと怖いんですけど……。


「ありがとうございます? その……工房のほうにも行かれたのですか?」


「ソフィーに聞いて行ったぞ。アザーリンも良いやつよの」


「ええ、親方には大変良くしていただいております……」


 ソフィーさん! 個人情報漏洩! っていない! ああ、解体ショーの準備に行っちゃってるのね。タイミングの悪いこと!


「我はアリシアのことが気に入ったのじゃ。ミィシェリアだけに任せておくのはもったいないの」


 マーチャン様の口から、思いもよらぬ名前が飛び出る。

 ん、ミィちゃんがどうしたって?


「そもそも我のほうが先に目をつけておったというのに」


 マーチャン様が指を噛んで悔しがっている。


(ちょっとミィちゃん、怪しいお客様がミィちゃんの名前を出してくるんだけど!)


『アリシア。聞いてください』


 ミィちゃん! 何がどうなってるのか説明して!


『はい。アリシアは私の信徒です。私のもとで仮成人となる洗礼式を取り行いました』


 そうね。うん、わたしは一生ミィちゃんの信徒だよ! それで?


『ですが、他の女神を信奉してはいけないということではないのです。複数の女神を崇めることを禁止してはおりません』


 んー? まあ、わたしも前世は日本人だし、八百万の神にナチュラルな感謝を捧げつつ生きてきたから、別にそういうのに抵抗はないけど……どういうこと?


『ですから、他の女神があなたのことを祝福したいと申し出ているのであれば、それを受けるのが良いと思いますよ。私はその行為をも祝福します』


 ぜんぜん意味がわからない……。そもそも他の女神って何?


『あなたの目の前にいるのは、水の女神・マーナヒリンです』


 はい? 女神、様? マーチャン様が⁉


『はい。マーナヒリンはもともと転生時にあなたのことを第一信徒に迎えたいと手をあげていました。しかし、アリシアのほうが私を選んだ。マーナヒリンはとても悲しそうでしたね』


 お、おう……第一信徒って、その制度初めて聞いたんですけど……そんな前からわたしのことを。なんてありがたいお話なのかしら!

 えっと、わたし、どうしたらいいの? 謝ったほうがいい?


『いいえ、アリシアの選択になんら咎めるべき点はありません。ですので、こうして機会を改めて、マーナヒリンのほうから出向いてきた。その気持ちを汲むかどうかもあなたが決めることです』


 こういうことってわりと普通にあることなの? 女神様が神殿から出てうろうろして……たぶんわたしのこととか関係なく頻繁に出歩いてるよね、マーナヒリン様って。


『そうですね……普通かどうかは差し控えますが、常に神殿にとどまって信徒の礼拝を受けている女神は私くらいかもしれませんね』


 ミィちゃんが引きこもりなだけで、他の女神様たちは街中をうろうろしてるのね。


『引きこもりではなく、信徒のためにですね……』


 こんな田舎街の神殿で? 王都の神殿のほうがいいんじゃないの?


『もちろん王都の神殿にも赴いていますよ』


 ミィちゃん分身⁉


『違います。空間を移動しているだけです』


 えー、空間移動⁉ すごい! わたしもその空間移動したい!


『これは魔法とは違い、女神の力によるものです。残念ながら人間には……』


 女神の力、いいないいな。……もしかして、ミィちゃんと一緒なら移動できたりする?


『ええ、まあ、それであれば移動できますが……』


 今度わたしを王都に連れてって!


『そう、ですね。機会があればいつか……』


 絶対ね! 約束だよ! 指切りげんまん、ウソついたら、写真1000枚ばら撒いて、フィギュアを売って、結婚しーてね。指切った!


『一方的な願望を並べるのは約束とは言いませんよ……』


 ちぇっ。釣れないのー。でも王都には連れていってね!


『マーナヒリンのこと、よろしくお願いします。彼女のあなたを想う気持ちは大変強く、純粋なものです。悪い女神ではないので安心してください』


 それはなんとなくわかるけど……ということは、悪い女神様もいるの?


『そう、ですね。立場によってはそう見えることもある、かもしれませんね』


 なんかぼやかしてくるなあ。まあいいか。

 うーん、いきなり女神様が目の間にいますって言われてもどうしたものか……。


「アリシア。ミィシェリアとの話は終わったかの?」


「あ、はい。事情はお聞きしました……」


 それで、どうしたものか……。何を悩めばいいのかもわからない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る