第7話 アリシア、『日乃本酒・龍神』を提案する

「え、何? ソフィーさんが呼んでるの? 3階のVIPルーム?」


 ホールに向かってローラーシューズで滑っていたところ、天使ちゃんに呼び止められた。


「もうすぐローラーシューズショーなんだけどなー。なんかトラブル?」


「はい、どうやらお客様が暴……アリシアちゃんを呼んでいるみたいで」


 ギリ許す。キミにはアメちゃんを上げよう。


「お客様かー。それはしかたないね。いきます。でもちょっと待って」


 しまったなー。体が2つほしい。コピーロボットの開発を本気で進めなければ……。

 でも今日のところはこれでなんとか指示を――。


 アイテム収納ボックスから開発したばかりのヘッドセットを取り出して装着する。

 うまく使えるかな?


「あー、あー、マイクテストマイクテスト。こちらアリシア。控室、聞こえますか?」


 どうかな。……反応ないな。


「こちらアリシア。声が聞こえていたら、緑の〇ボタンを押して通話を開始してください。オーバー?」


『……れ、ですね。もしかしてトランシーバー? こちらロイス、聞こえますか? オーバー?』


「お、ロイス。さすが! そう、トランシーバーだよ。こっちの声は聞こえてる?」


『ええ、クリアに聞こえています。アリシア、あなたこんなものまで作っているの?』


「機械類は得意分野なのー。学生時代にちょっとね。だけど魔石って便利ね。音声を集積して電波に変えて飛ばすこともできたのよー。まあ、でも電波が届く範囲は狭いから、せいぜい店内くらいの範囲にはなっちゃうけどね」


『それはそれは……。それで何か用事?』


「ああ、そう。ちょっとトラブルみたいで、VIPルームに行かないといけないの。だから20時のローラーシューズショーに立ち会えないと思う」


『大丈夫、かしら……。みなさん平気?』


 さすがにちょっと不安そう。

 ロイスが3人の反応を確認してくれているみたいね。


『闘魂注入されたからいけるって』


「よろしい! 良い返事だ! みんなの活躍に期待してるよ!」


『私に何かできることはある?』


「そうねー。3人を送り出してくれると助かる」


『送り出す?』


「そう、送り出すー。ほっぺにキスして『がんばって♡』ってやつー」


『うそでしょ⁉ あなたいつもそんなことやってるの⁉』


「じゃあ頼んだよー。急いでいるから通話終了。オーバー!」


『あ、ちょ――』


 はい終了。

 顔を赤くして慌てふためくロイスの姿が目に浮かぶようだね。ふふふ。


 あ、VIPルームに急がなきゃ。

 ヘッドセット……まあ、向こうから呼びかけがあるかもしれないからこのままつけておこうかな。



* * *


「お待たせしました。アリシア、到着しました!」


 VIPルームの扉を開けて中に入る。


「アリシア~。よく来たな~。近こう寄るが良いぞ」


 マーチャン様は赤ら顔でわりと上機嫌。怒っているわけではなさそうね。ふぅ、一安心。


「はい、失礼いたします。何かございましたでしょうか」


「アリシア、お酒を。他の日乃本酒をお持ちして、飲み方をお伝えするという話……」


 ソフィーさんがこっそり耳打ちしてくる。

 ああ、そうでしたそうでした。でもけっこうペース早いね。大丈夫かな。


「日乃本酒ですね。今お出ししているのが純米大吟醸の『日乃本酒・龍神』でございまして、こちらは冷でお召し上がりいただくと香りをお楽しみいただけます」


「甘くてうまいな。米の酒というのは良いものだ」


 と言いながらも、マーチャン様はかなりのハイペースでお猪口を口に運んでいらっしゃる。


「お口に合っていらっしゃるようでうれしゅうございます。お酒ばかりではなく、お水もお飲みいただいたほうが、味にメリハリがついてより一層楽しめますよ」


 チェイサーを入れて悪酔いしないようにしてもらわないと。


「おお、そうか。水……うまいな。交互に飲むとよりうまい。水はうまい……」


 素直で良い方ね。そういう人は嫌いじゃないよー。


「それでは次にお召し上がりいただきたいのは……こちらですね。『日乃本酒・龍神』を熱燗でどうぞ」


 アイテム収納ボックスから温めた徳利を取り出し、テーブルに置く。


「なんだ、他の種類の酒ではないのか?」


 少し不服そうなマーチャン様。

 まあ、それが狙いなんですけどね。


「あえて同じ『日乃本酒・龍神』です。温めますと、これはまた冷酒とは違う味になりますので、まずはお試しいただければと」


「そうか~。アリシアが言うのであれば試してみるかの。あちちっ」


 徳利を手に取り、その熱さに驚いて手を引っ込めてしまう。


「徳利の下のほうは熱いのでお気をつけください。わたしがお注ぎいたします」


 いい、天使ちゃんたち。よく見てて。そう、上のところを持てばそんなに熱くないから。このあとはあなたたちがお酌するのよ?


「お、おお! これは違う味になっておるの! キリッとしていて辛み強いの。うまい! これはこってりした肉料理とも合いそうじゃの」


 とてもうれしそう。

 満足いただけているみたいで良かったわ。


 ソフィーさんもうれしそう。今度からはわたしがいなくてもちゃんとお酒の説明ができるようにみんなを教育しなきゃね。

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