第22話 アリシア、あだ名をつけられる

「ア~リシアッ♪」


 ソフィーさんがひどく上機嫌な様子で話しかけてくる。


「なんですか? わたしお酒の搬入で忙しいんですけどー。あ、そのお酒はこっちの瓶に詰め替えて、そう、そこのバーカウンターに並べてください。これは並べて見せる用なので。残りは地下の保管庫へ。あ、その日乃本酒だけは常温保存できないので保冷庫に入れてください」


 わたしの指示で天使ちゃんたちがテキパキと動いていく。

 今夜からはプレオープンだし、大忙しだよー。


「アリシアちゃ~ん。私の話も聞いてちょうだいな♪」


 ソフィーさんが猫なで声で肩を揉んでくる。

 さすがにこの態度はちょっと気持ち悪いな。逆に警戒しちゃうよー。


「はいはい、なんでしょうか?」


「セドリックがね。お金出してくれるって♡」


「え、マジですか! あのガーランド伯爵が⁉ やりましたねー!」


 お金を出してくれるってことは、アイテム収納ボックスを購入する資金を貸してくれるってことですね!


「まだちゃんと事業計画を説明してないのに大丈夫だったんですか?」


 適当に料理を振舞ってお酒飲ませてつぶしただけな気が……。怒ってなかったのかな。


「ひさしぶりにずいぶん楽しかったみたいよん♪ 今日ね、城に呼ばれて話をしたのよ~。お嬢さんもナゲットクンのことを大変お気に召したみたいで。それも手伝ってのことかしらね」


「おー、それは良かったです。わたしと同い年くらいなら絶対喜ぶと思ったんですよね」


 お土産に持たせておいて良かったよー。


「今夜のプレオープンにはぜひお嬢さんも参加したいそうよ」


「おお、ロイス様にお会いできるんですね。楽しみー」


 ザ美人対決! なんてねっ♪

 年齢も近いし、お友だちになれたりしないかなあ。


「あ、そのカートちょっと待ってください! 料理の確認するのでこっちへ。はい、OKです。収納するからできてる分全部持ってきてください。はい、棒棒鶏サラダあと50人前です。え、レタスがたりない? 困ったな。誰か市場に確認に行ってもらえます?」


 予定通りに材料の消費が進まないなあ。

 新メニューを一気に増やしたから、まだ調理が安定しなくて廃棄が多いのが悩みの種。『調理』スキルを持った天使ちゃんがあと何人かいてくれたら楽なんだけど……。


「あ、すみません! ついでに市場で卵も仕入れてきてもらえると。あ、はい。それくらいの量で」


 ロイス嬢がくるなら、デザートもちょっと作っておきたいかなー。

 クレープとプリンとバニラアイスなんて喜びそうね。


「アリシア、忙しそうね……」


「ソフィーさん、すみません、話の途中で。今夜のプレオープンセレモニーは、貴族の方を中心に、これまでお世話になっている有力者が30組はお見えになるんですよね」


 今日は1階のホールのセッティングを変えて、立食パーティー形式でお楽しみいただく予定で話を進めている。新メニューをご試食いただくのと、ローラーシューズでのサーブを体感していただいて、この目新しさを口コミで広げてもらう作戦なのだ!


「セドリックとロイスちゃんも来てくださるし、ビーリング伯爵もお見えになってくださる予定よ」


「ビーリング伯爵というと、もう1人の資金援助候補の?」


「そう、そのビーリング伯爵よ。王都とビーリング伯爵の領地とのちょうど中間地点にこのガーランドが位置しているから、伯爵ご自身も立ち寄られることが多くて贔屓にしていただいてるの」


「貿易かなにかですかね?」


「そうね。ビーリング伯爵のところの領地にはドワーフの職人が多く住んでいてね、武器の製造や加工が盛んなのよ」


「ほほー。武器ですか」


 もしかして、金属が集まってきたりする街だったりするのかな。気になる。ステンレスの代わりになりそうな金属があるかもしれない。


「アリシアは武器に興味があるのかしら?」


「いいえ、ぜんぜん。わたしかわいい幼女なので、ナイフを見るだけで足がすくんじゃいますー」


「オホホホホホ。それはとってもおもしろいジョークだわね。あなた天使ちゃんたちからなんて呼ばれてるか知ってるの?」


「え、みんなからは普通にアリシアちゃんって呼ばれてますけど?」


 かわいいかわいいみんなのアリシアちゃんですよー♡


「あなたが妥協を許さないチェックでビシバシ扱くから、天使ちゃんたち震えあがってるわよ。お店のサービスのクオリティが上がって私はうれしいから助かってるわ♪」


 痛いところを突いてくる……でもほら、それは仕方ないでしょ……。


「ま、まあ、最初が肝心と言いますか、今がんばっておけば後が楽になりますからね……それでわたし、何て呼ばれてるんですか? ちょっと怖いんですけど……」


 生意気クソ野郎とかかな……。

 やだ泣いちゃう。


「陰で『暴君』って呼ばれてるわよ。コカトリスを食べて私に正面切ってダメ出しをしたのが決定的だったみたいよん♪ このお店の新たな支配者が爆誕したってね。暴君はとにかく厳しく、無理難題を要求してくるってみんな震えあがっているわよ」


「だれが暴君じゃい! ちゃんとわたしの指示を1回で理解しないほうが悪いんじゃい!」


「あらやだ怖いわ! みんな~、暴君幼女が暴れてるわ~! 逃げて逃げて~」


 ソフィーさんが笑いながらローラーシューズで廊下をすり抜けていく。

 さてはー、そのあだ名、あなたが扇動してるでしょっ!


「まったく……暴君幼女って……。まあ、少しは自覚がないわけじゃないですけど……。でもわたしだってこのお店のことを思ってですね……」


 好き勝手暴れてるわけじゃないのよ? 今のうちに基礎を叩きこんでおけば自然と回るサイクルを作れるから厳しいのは今だけよ?


「冗談よ。アリシア、感謝しているわ。私があまり厳しくできなくてだんだんとサービスの質が低下していたのも事実だし。ローラーシューズの売り込みに来ただけなのに、お店全体を見てもらって……本当にありがとう」


 ソフィーさんがいつの間にか戻ってきていて、わたしに向かって深く頭を下げてくる。


「何言ってるんですか。まだ始まってもいないですよ? 今日のプレオープンセレモニーの結果次第では、これまでの何倍も厳しい課題を突きつけることもありえますからね⁉」


 そう、料理店はお客様の反応がすべてなのだ。自己満足なんてゴミ箱に捨ててしまえー!


「さ、あと少し。しっかりと準備を終えて、笑顔でお客様たちをお出迎えしましょう」


「そうね。アリシアの言うとおりだわ。私もサルーバの手入れをしてこないと」


「サルーバ?」


「コカトリスを捌く伝統の刀よ」


 ああ、あれってそういう名前がついてるんですね。伝統の刀なんだ……。


「解体ショー、気合入れてお願いしますね」


「任せておきなさい! 暴君幼女も後のことお願いね」


 ソフィーさんがウィンクをして去っていく。


「だから暴君幼女って呼ぶなっ!」


 まったく、こんな無口で物静かでかわいい美少女を捕まえて失礼しちゃうわね!

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