第20話 アリシア、貴族のおっちゃんに酒や料理を振舞う

 とりあえず大柄な態度の貴族様とそのお付きを、応接室に連れ込むことには成功しましたよ、と。


「こちら、今度お店で提供をする予定の試作品でございます。どうぞご賞味くださいませ」


 連れ込んだだけで何も歓待しないわけにもいかないので、すりおろしリンゴジュースをコップに注いでテーブルの上に置く。


「お付きの方もどうぞ。そこに立っていてもあれでしょうから、お座りになってください」


 さすがに主人の隣には座れないだろうから、少し離れたところにイスを置いてあげる。わたしって気が利くね。でも惚れるなよなっ?


「どうぞどうぞ。冷たくておいしいですよ。試作品なのでぜひ感想を聞かせていただきたいです」


 はよ飲め。

 毒とか入ってないから。「毒見しますか?」みたいな目配せとかいらないから。わたしがその気なら、廊下で声が聞こえた時点でお前たち2人ともすでに死んでるんやで?


「おお、これは……美味だな」


 はい、美味いただきました♪

 やっぱりあらごしのリンゴジュースはまちがいなさそう。まあ、1つ問題があるとすると、この品種のリンゴはこの地方では取れないってことだけかな。ためしにこの辺りの原産の姫リンゴを『創作』で品種改良して王林っぽい感じに調整してみたんだよね。でも量産するには原木から育てないと、さすがに怪しまれてしまう。


「おかわりいりますか?」


 あっという間にコップが空になっているので、どうやらお世辞じゃなくておいしかったみたい。


「ぜひもらおう」


「どうぞ。良ければこちらもご賞味ください」


 昨日試作してみた出来立てホヤホヤの鳥料理。その名もチキンタツタ!


「ほう、これは良い香りだ……」


「どうぞ。これで刺してお召し上がりください」


 爪楊枝を手渡す。


「お、おう。そうか。めずらしい食べ方だな。これを直接刺すのか」


 一瞬躊躇する様子を見せたが、漂う香りの誘惑に負けたのか、貴族のおっちゃんは爪楊枝を受け取るとチキンタツタを口に放り込んだ。

 庶民の食べ物ですからね。まあ、ナイフとフォークでチキンタツタを食べる人はいないでしょう。


「んふ……」


 口に入れた瞬間、目を閉じて、声にならない声を上げる。

 おいしいのはわかるんですけど、おじさんの喘ぎ声はちょっと……。いや、お付きの人も同じ表情やめて? こわっ、夢に出そう……。


「これはなんという料理だ?」


「はい。コカトリスのタツタ揚げにございます」


 恭しく頭を上げる。

 さあ驚け!「これがコカトリス⁉」って驚くのだ!


「これがあのコカトリスだと?」


 はい、いただきましたー!

 反応が予想通り過ぎて気持ちよすぎる♪ なんか笑っちゃうね。もちろん心の中だけでね?


「そうでございます。あの獣臭いコカトリスでございます」


「良い香りだ。そして肉も柔らかい……どうやってこれを」


「企業秘密でございます」


 教えるわけないよーん。独占販売するんだよーん。


「そ、そうか。しかしこれは……」


 さらに一口。

 口いっぱいに広がる鳥と香草のハーモニーをお楽しみください。


「新装開店いたしましたら、ぜひお店に足をお運びいただけますようお願い申し上げます」


 おっちゃんも足繁く通ってチキンタツタを食べてね♡


「娘にも食べさせてやりたい……」


 おっちゃんがぼそりとつぶやくように言う。

 娘さんがいるのね。


「それならいくつか包みましょうか。試作品で良ければ他の味付けもご用意がありますので」


 テイクアウト用はチキンナゲットにしようと思っていて、一応試作してあるんだよね。塩味、しょうゆ味、みそ味、唐辛子味、カレー味、レモン味、コショウ味、チーズ味。

 まずはナゲットクンレギュラーとレッドを発売しようかなってー。ほかの味は期間限定でちょっとずつ話題作りとしてね。


「こちらはお子様にも食べやすく成形した鳥料理でして、『ナゲットクン』と呼称して販売する予定でございます」


 紙のパックに入れて包みを渡してあげる。


「ありがたい。他には何かないのか⁉」


「ほか、ですか? そうですね……」


 おいおい、ほしがり屋さんだねえ。まあ新装開店したら料理は誰でも食べられるようになるわけだし、別に見せてもいいけどね。どうせ味は真似できないだろうし。スパイスの調合は天使ちゃんたちにも教えないから、どうやっても絶対に流出しない。アリシア=グリーン=サンダースのフライドチキンとして販売するか……。


「ああ、そうだ。お酒! わたし、未成年なのでお酒飲めないんですよ。ちょっと醸造酒を試作しているところなんですけど、試していただくことできますか?」


 ソフィーさんに試してもらおうと思っていたけど、おっちゃんでもいいや。たぶん飲んだことがないあれの醸造酒。どんな反応を示すのかな。知識だけで作ったからおいしくできているのかわからないし。


「酒か。試してみよう」


「ありがとうございます。それではこちらを」


 小さなガラスのグラス――お猪口を取り出しに、並々と清酒を注ぐ。あまく柑橘系の果実のような香りが鼻腔をくすぐる。でもお酒だからわたしは飲めないけど。


「またこれは変わった……水、ではないな。良い香りだ」


 閣下はお猪口のグラスを持つと、鼻に近づけて大きく息を吸い込む。


「ささ、グイッとどうぞ」


「いただくとしよう」


 そう言って口をつけると一気に飲み干した。

 どうかなー?  感想を聞かせてー。


「これは……水……いや、酒。水……溶けてなくなる」


 閣下は目を見開いて驚きをあらわにしていた。

 それでおいしいの? まずいの?


「すまない。もう1杯いただけないか」


 首を振りながら、お猪口をこちらに差し出してくる。

 

「はいはい、どうぞー。お付きの方もぜひに」


 もう1つお猪口を出して、恐縮するお付きの人にも強制的に持たせる。


「はーい。グイッとグイッと飲んで感想を聞かせてくださいな♪ あー、いい飲みっっぷりー。さーもう1杯どうぞー」


 どんどん注いでどんどん飲んでー。


「お酒のつまみに、ナゲットクンもチキンタツタも食べてくださいねー」


 こんなにかわいい子がお酌してくれるんだから、どんどんお酒が進むよね♪ あとで高額請求しちゃお♡


「うまい……。これは何の酒だ……。香りは甘い。しかし味は辛い。なのにすぐに消えてなくなる……」


 日本酒……と言っても通じないから、何だろう、なんて名前にしようかな。


「『日乃本酒』という名前で、特別な醸造……純米大吟醸酒にございます」


 ネーミングセンス安直だったかな? でもちょっと考えてなくて。まあいいよね?


「日乃本酒か。これはいくらでも飲めてしまう……」


「アルコールの度数が高いですから、間にこちらのお水も飲んでくださいね」


 お店で悪酔いされたり吐かれたりすると困る。



「しかしソフィーも大胆に商売を変えてきたな……」


 お猪口を傾けながらしみじみとつぶやく。何杯目? ちょっと飲みすぎてなーい? お水も飲んで、つまみも食べてくださいよ⁉


「閣下! 急なお出ましで!」


 と、ソフィーさんが応接室に飛び込んでくる。


「おう、ソフィー。今アリシアから歓待を受けていたところだよ。日乃本酒、大変けっこうだな……」


 おっと、体が左右に揺れてる……。おっちゃん、やっぱりちょっと飲みすぎじゃない?


「セドリック! 飲み過ぎよ! あなたお酒強くないんだから……」


 セドリック?

 ずいぶん親し気ね。ソフィーさんのお友だちなのかな。


「えーと、セドリック様? 酔い覚ましにこちらをお飲みください」


 ちょっと苦いよー?


「うへぇ。これはなんだ……」


「酔い覚ましの日乃本茶でございます」


 ネーミングセンスの話はしないで! 名前はもう良いでしょ! しょうがないじゃないの! その辺に生えてたちょっと香りが近いかなーって程度の葉っぱだから、まだ売り物には程遠いけどね! でもこの茶葉、なんかHP継続回復小の効果があってウケる。


「ふぃー。これは効くな……。おう、ソフィーひさしぶりだな。城のほうに連絡をもらえてうれしかったぞ」


「ええ、ええ、こちらこそ。わざわざ城主様にご足労いただけるとはね」


 ん? 城? 城主様?


「新たな事業計画があるからいっちょ噛んでくれと言ってきたのはソフィーのほうだろう?」


「ありがとうございます。今回はとっても自信があるのよ。そこのアリシアという天才を抱えることができた幸運をセドリックにも分けてあげたいと思って♡」


 セドリック……。


 まさか、セドリック=ガーランド伯爵⁉

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