第17話 アリシア、調理場にダメ出しをする

「まずい! ぜんぜんダメ!」


 これはひどい! ただ焼いただけのものを料理とは言えない……。


「でもお客様には好評をいただいていて……」


 ソフィーさんが困惑した表情を見せる。

 いや、そうじゃないんですってば!


「解体ショーのパフォーマンスは最高でしたよ? たぶん何回見ても良いものだろうし、誰かを会合に招待する時の話のネタにもなる」


「それなら!」


「そのあとの落差ですよ。最高潮にテンションが上がった後に、ただ鳥を焼いただけの獣臭いものを食べさせられたら、ね」


 テンションダダ下がりっていうか、まあ、これは見るもので食べるものではないよね、的な反応をされちゃうかなって。プラマイゼロ的な? むしろマイナス?


「巨大な鳥だから――」


「焼くのが精一杯は味付けまで手が回らないって? 秘伝のタレはどうしたんですか⁉ 料理を提供する側としてどうなんですか? それ、本気でお客様の目を見て言えます? プロのプライドは?」


「めんぼくないわ……」


 あんなに生き生きとしていたメスのオークが、小さなゴブリンみたいに……。でもダメ。許しません! これは大事なことですよ!


「見て楽しい。食べておいしい。また来たい。料理店として胸を張って言える水準を目指しましょう」


「そう、よね……。いつからかお客様に甘えていた自分がいたわ。深く反省します」


「よろしい。それでは厨房に向かいましょう」



* * *


「おお、ここがVIP用の厨房なんですね」


 10m四方の正方形の部屋に、10人ほどの天使ちゃんたちが控えていた。

 さらにもう1つ部屋がつながっていて、奥のほうに巨大なかまどが見える。どうやら奥の部屋はコカトリスを焼くための専用になっているみたいだった。


「ちょっと一通り厨房を見させてもらいますね」


 手前の部屋は普通サイズの食材を扱う部屋のように見える。

 流し台も、調理台も家庭のものとそう変わりない大きさだ。20種類くらいのナイフが吊るしてあるのはさすが調理店というところかな。


 清潔感はある。床も油で滑る、みたいなことはなくて、ちゃんと掃除は行き届いていて好感が持てるね。

 

 あとは冷蔵品をどう扱っているか。

 見渡しても保管庫らしきものがなさそう。


「冷蔵品はどこに保管してるんですか?」

 

「それはこっちよ」


 ソフィーさんに連れられて、奥のかまどルームへと足を運ぶ。


「おお、ここに……ってこれは何ですか?」


 巨大な木箱? 外枠を触るとひんやりと冷たい。


「この中に食材を入れて、氷を詰めて保管しているわ」


「氷を? この木箱に? それだけ?」


 わたしが尋ねると、ソフィーさんは「何に問題があるのか」という顔をしてこちらを見てくる。

 うわー、マジなのね、これ。


「氷はどうしてるんですか? こんなところに置いたらすぐ溶けちゃうでしょ」


「ええ、だからスキルで氷を作れる天使ちゃんを雇っていて」


「ずっと氷を作らせてるんですか? 巨大なかまどで火をガンガンに燃やしている横に、密閉性のかけらもない木箱の中に氷を入れるために?」


 ちょっとした拷問じゃん!


「ほかに場所がないから……」


「工夫しましょうよ。高校生の文化祭の出店じゃないんだから」


「文化祭?」


「いえ、それはいいです。保冷庫はもっと密閉性のいいものにしましょう。それと、かまどとは距離を置いた部屋に保管場所を移しましょう」



 と言いながらわたしは心の中で絶望していた。

 またステンレスが必要……。ホントどこかでちょちょいと採れないもんですかね。



* * *


「というわけでー、さっそく冷気を循環させる仕組みを作ってみました。ドライアイスを永久に生み出せるって言ってもわからないですよね……まあ、要は毎日氷を補給しなくても冷却効果が期待できると思います……」


 保冷庫はオールステンレスでできている。

 巨大な保冷庫だから材料もめっちゃ必要で……だいぶ疲れた……。

 

 だけどもだけどー、ファイト一発!


 フハハハハハ。このMP回復ポーションを一口飲めばすべて解決! 24時間働けますかっ! わたし無敵じゃん! これは全人類・全種族が飲むべき宝だね。帰ったらミィちゃんの祭壇にもお供えしとこ♡


「だけどまあ、コカトリスはでかすぎるので、いったんわたしがアイテム収納ボックスで預かっておきますね。これで一生腐らなーい」


「助かるわ~。アイテム収納ボックスって便利ね。ガーランド伯爵に資金援助いただいて、何とか購入したいものだわ」


 ソフィーさんが目を輝かせてわたしの革製ポーチを見つめている。

 ようやくわかってくれましたか。このアイテムの有用性を。これは女神が与えし祝福なのです。さあ、ソフィーさんもミィちゃんに跪くのですよ。


「それじゃあ調理場の見学はこれくらいにして、鳥の味付けを改良していきましょうか」


 もちろんおいしくすることはそんなに難しくなさそう。

 だけど、それだけでいいわけじゃないのよね。


「わたし、お酒は飲めないんですが、あの鳥の丸焼きはどんなお酒と一緒に出しているんですか?」


 大切なのは飲み物との合わせ方。

 これを間違えると舌の感じ方が変わっちゃうからね。濃すぎたり薄すぎたり、くどかったり物足りなかったり。


「うちで出しているのはこれよ」


 部屋の隅にある巨大な樽から注いで目の前に置かれたのはビール、ですね。


「あとこれよ」


 はいはいわかりました。赤ワインですね。


「えっと他は?」


 次のお酒が出てこない。


「これだけよ」


 いや、自信満々に言われても……。


「これだけぇ? 料理店なのにお酒が2種類ですか⁉」


 街にはもっといろんな種類のお酒が売っているでしょう? なんで2種類⁉


「保管場所もバカにならないし、エールとワイン以外はあまり注文されないからだんだんと数を減らしていって……」


 言葉が尻すぼみになっていく。ダメなことをしているというのはわかっているのよね。


「ちゃんとそろえましょうよ。なんなら注文を受けてから酒店に買いに行ったっていいです。お酒だけは絶対にお客様の要望に応えて。飲み方も温度も全部!」


 料理を食べに来ている、けれどそれはお酒を飲みに来ていると言い換えてもいいわけで。お酒に合う料理を提供するのが夜営業のお店の最も大事なポイントでしょうが!


 そうだなあ。お酒の醸造なんかも試してみないとダメかなあ。

 あれ、この国って酒造に免許必要だったりするのかな? まあ、怒られてからでいいか♪

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