第11話 アリシア、秘密を共有する

「おもしろい話ではないかもしれないですが、しばしお時間をちょうだいします」


 エデンはオレンジジュースを1口飲むと、ポツポツと語りだした。


「ボクのもっとも古い記憶は、おそらく実母のものだと思っています。2歳か、3歳か、とても小さい時のもので、あれはボクが熱を出して寝込んでいた時のものだと思います」


 熱を出したエデンが苦しくて泣いていると、ひんやりとした手で、エデンのおでこを冷やしてくれる人物がいた。

 熱のせいか、視界がぼんやりとしていてその人の顔は覚えていない。

 ひどく冷たい手と、透き通るような声で歌ってくれた子守歌の響きだけが記憶の片隅に残っている。


「おそらくあれがボクの母なのだと思うんです」


「つまり、エデンはホントに小さい時はお母さんと一緒に暮らしていた。でも、そのあとすぐ……何らかの理由で離ればなれになってしまった、のね」


 遠い記憶がとてもつらい思い出に変わる。

 どうしてお母さんとずっと一緒にいられなかったのかな……。


「エデンさんつらすぎるっすね……」


「それで、お母上が人族ではないかもしれない、というお話なのですか?」


 エリオットが尋ねる。

 確かに今の話からだとそれはちょっとわからなかったかな。


「ええ、そうです。どうやら母が歌ってくれていた子守歌が、雪女族特有のものである可能性が高いらしく――」


 なるほどね、そういうこと!

 やっと話が見えてきたわね。


「昔の記憶の話なので、ボクもなんとなくメロディーを鼻歌で口ずさめる程度なのですが、ソフィーさんが方々調べてくださって……おそらく雪女族のものだろうと」


「そう言われてみれば、エデンって肌がすごく白いし、雪女族っぽい……あれ? 男って生まれるっけ?」


 雪女族は精霊種に属するから、女性だけの種族で、子どもは単為生殖で作るから、男は産まれない、はず?


「はい。通常は女性だけのはずだと。ただし例外が1つだけあるのです」


 エデンが少し言いにくそうにわたしから視線を外してくる。

 何? そこまで言ったら気になるじゃないのさ。


「その……通常の、と言いますか……男女の、そのアレです」


「あーはいはい、アレね!」


 マジか……。急にぶっこんでくるね! びっくりしたわ……。男女のアレ……ってなーにー? わたし幼女だからわかんなーい♡


「アレで産まれたのがエデン殿、と」


 ちょっと、エリオット⁉ アレで産まれたとか言うなよぉ……。エデンがかわいそうじゃないのさ。いやまあ普通のことではあるんですけどね⁉


「アレっすか……神秘っすね」


 セイヤー、もうそこ広げんな! わたしが話題に入りづらそうにしてるのを察して⁉


「ええ、アレからは男性が産まれることもあるらしく……ただ、それは雪女族にとっては禁忌だそうで」


 まあそりゃそうかあ。精霊種だから、純血であることが大切なはずだもんね。


「おそらくその関係でボクは捨てられたか預けられたのだと思います」


 なるほどね。なんとなく事情は理解できましたよ……。


「エデン。ステータスオープンしたら、種族って書いてないの?」


「はい。ステータス上は『人族』となっているので、この話はどこまで行っても想像の話になってしまうのです」


「そっかあ。ステータス上は『人族』なのね。エリオットは?」


「自分は……『魔族』です」


「そっかそっか。エリオットはお父さんが魔族でお母さんが人族?」


「逆です。父が人族で母が魔族です」


「なるほど。つまりどっちかの種族がステータス上は表示されていて、それは男親、女親のどちらか片方を引き継ぐと決まっているわけではなさそうね」


 なんだろう。遺伝的にどっちを濃く受け継いだかとかで決まってるのかな。まあそんなシステム上の表記はどうでもいいか。そんなことよりも試してみたいことがあるのよねー。

 構造把握Lv2なら、ミィちゃんみたいな特別な存在は把握できなくても、普通の人なら把握できるんじゃないの⁉


「ねえ、エデン。ちょっとあなたの体に、わたしのスキルを使わせてくれない?」


 ねえ、そこのお兄さん。ちょっとだけわたしに体の構造を解剖させてよ……ハアハア。


「スキル、ですか?」


 そんな露骨に嫌そうな顔しないで?


「攻撃スキルじゃないから安心して。ちょっとね、もしかしたらエデンのルーツを調べられるかもしれないって思って」


「……ルーツですか?」


「ねえ、みんな……。絶対他言無用で。約束できる?」


 エデン、そしてエリオットとセイヤーの目を代わる代わる見つめる。


「うっす」


「もちろんです」


「誓います」


 よろしい。わたしの重大な秘密も教えるね。

 3人をテーブルの真ん中に近寄らせて、小声で告白する。


「わたしね。人や物の構造を把握するスキルがあるの。ソフィーさんにも言ってないから、絶対ここだけの秘密ね」


 初めて誰かに『構造把握』スキルの秘密を打ち明けた。驚きのあまり3人が固まり、声が出ない様子。

 まあそうだよね。レアすぎてそんなスキルがあること自体たぶん誰も知らない。『創作』のことはちょっと言えないけど、『構造把握』ならレア度Aだからギリね。でも内緒にしてね。


「レベルそんなに高くないから、うまくいくかはわからない。でも試してみる価値はあるかなって」


「構造を把握するスキル……そんなスキルが。でももし何か少しでもわかるなら。お願いしたいです」


 エデンがわたしのことを見つめてくる。

 

 真剣なまなざし。


 わたしの話を信じてくれている目だ。何とかその期待に応えたい。


「じゃあ、スキルを使うね。手を出してくれる。たぶん触っていたほうがスキルの成功率が高いと思うから」


 差し出されたエデンの右手を両手で包み込むように握る。

 なんて冷たい手なの。

 たしかに雪女族だと言われても納得できるかもしれない。


「スキル:構造把握」


 お願い、エデンのこと、何か教えて!

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