第5話 アリシア、馬車を走らせる(ダウンヒルをジェット噴射でマッハ)

「ちょっと、閣下! いつまでうなだれてるんですか⁉ 早く馬車に乗ってください。急いで出発しないと式典に間に合いませんよ!」


 御者台の上から大声を出して、閣下とセルフィおねえさんを呼びつける。

 ああ、でも心臓が悪いんだから、ゆっくり歩いてきてね。


「しかしアリシア。馬はもう走れないのだろう? いったいどうするのだ」


 閣下が心配そうな声を出す。セルフィおねさんに肩を支えられながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見える。ああっ、胸が! ばるんばるんに当たってる! ずるい!


「大丈夫ですよ。わたしが少しお世話をしたら、まだ走れるって言ってます。ね?」


 わたしが手を伸ばして馬の背中を撫でてやると、馬はうれしそうに体を震わせた。

 

 うんうん、走れそうなのはわかったけど、今日はまだおとなしくね? その板に乗ってたら走らなくて済むから。

 でもジェット噴射したらびっくりしちゃうよね。ちょっと眠っていたほうがいいかな。

 それは閣下たちもか……。


 スキル:創作!

 そこら辺の草をブレンドして、睡眠薬っぽい何かを作ってみたよ! 適当に薄めれば、きっと永遠に眠ることはないんじゃないかなっ⁉



 わたしは御者台から飛び降りて、閣下たちを馬車の客席に乗せる介助をする。


「お疲れのご様子ですね。これ、村で人気の栄養ドリンクなんですけど、良かったらどうですか? 飲むと少しの間ほわほわして、そのあとしゃっきりとした気持ちで式典に臨めると思いますよ」


 にこやかな笑みを浮かべながら2人に小瓶を渡す。

 うっそでーす。これを飲んでしばらくお眠りなさーい♪


「おお、それは助かる……。しかし良いのかね。馬は私が走らせたほうが――」


「大丈夫ですよ。わたし、慣れてますから。閣下は式典までの時間、少しでもお休みください」


 立ち上がろうとした閣下を無理やり座らせる。

 寝ててくれないとジェット噴射できないですからねー。


「さ、飲ーんで飲んで飲んで、飲んで♪」


 わたしの催促(コール)に、閣下とセルフィおばさんは顔を見合わせてから、小瓶に口をつけた。

 はい、2人仲良くおやすみなさい。でも肩を寄せ合って眠るのはダメよ? ん……記念にちょっとだけ揉んでおくか……。いや、さすがにそれは人として……。んんーでもちょっとなら?

 ああ、ごめん。ウソウソ。今のは冗談だからね? お馬さん、怒らないで!

 キミには注射ね。何度も針を刺してごめんだけど、今は休んでて。


 よし、これでみんな寝たね。

 街道もいい感じに暗くなってきたし、街灯がない中走る馬や馬車の姿もなし。いけるね。

 

 魔力波乗り式ジェットスキーに魔力を充てんする。


 準備OK。マッハで飛ばすよ!

 レッツゴー!


 前後左右から用途の違う魔力を一斉に噴射。

 お馬さん、閣下とセルフィおねえさんを乗せても、さっきの試運転の時と同じようにジェットスキーが宙に浮きあがる。

 重量問題なし! 危なかった。重量オーバーなら、軽量化のためにどこか切り取らないといけないところだったね。


 いける、いけるぞー! 飛ばせ飛ばせー! ヒャッハー! 


 アリシア選手、ダウンヒルをギリギリ攻めていくぅ! あーっと、サイド・バイ・サイドでコーナーに突入! これは危険ですよー⁉ っと出たー、必殺の溝落とし! まさかのコーナーでオーバーテイクに成功です!


 ここからギアを上げてさらに加速ぅ……と思ったけど、もう街が見えてきちゃった……。なんだつまんない。そろそろ速度落とさないと誰かに見られちゃうか……。


 んー、夕暮れ時だし、もう足元のジェットスキーは見えないよね。このまま街に入れるかな。

 でも念のため取り付けておいたステルス迷彩的なあれで馬車全体を隠しておこう。

 おふっ……MP消費が激しい……。


 でもやっぱりこのまま街に入るのは危険かな。よし、やっぱりお馬さんだけ起こそう。馬が寝てたらさすがに不審すぎる。

 気付け薬を鼻先に嗅がせて、と。起きた? はいどうはいどう、大丈夫だから。おとなしくね。うん、良い子ね。ここね、ここが気持ちいいのよね。うん、知ってる。たくさん撫でてあげるから♡

 構造把握は便利ねー。馬が撫でられて気持ちいところまでわかっちゃう。

 う、ちょっとMP使いすぎてめまいが……。ステルス迷彩を常時発動するのは無理だわ……。やっぱり切ろう。



* * *


「閣下! 到着しましたよ! 起きてください!」


 馬車の中ですっかり眠りこけている2人を起こしにかかる。

 気付け薬を霧状にして鼻から吸わせたから大丈夫。これで良い目覚めが訪れるよね。それとジェットスキーと周辺機器をちょっと分解してから、アイテム収納ボックスに片づけておきましたよ。証拠隠滅、と♪


「お、おお? すまない。すっかり寝てしまったようだ。……街についたのか⁉ 時刻は⁉」


 徐々に意識が覚醒してきたのか、閣下が馬車の中で勢いよく立ち上がる。


「まだ余裕があります。焦らずに、大丈夫ですから。それよりすみません、通行証をお願いしても?」


 さすがに子供が御者台に乗っていたので、そのまま門は通してもらえなかった……。まだ交渉Lv1じゃダメだったわ。かなしい。早くレベル上がれー。


「何から何まですまん。セルフィ、降りるぞ」


 閣下とセルフィおねえさんは馬車から降りて、門番と二言三言言葉を交わす。すぐに会話は終わったようで、こちらを見てきた。


「あとはここに馬と馬車を預けることになった。アリシア、本当に助かった」


「それは良かったですー。門番さん、お馬さんはちょっと疲れているので、ゆっくり走らせてあげてください。うん、もう大丈夫ね? こらこら、わかったから顔を舐めないで」


 お馬さん、身体も回復したみたいだし、すっかりご機嫌ね。良かったわ。


「それでは閣下。わたし、暗くなる前にそろそろ村に帰ります。ごきげんよう」


「礼は必ず!」


 そう言って閣下とセルフィおねえさんは街の中に歩いて行った。


 閣下のお名前、聞き忘れちゃったなあ。そしてあの2人の関係。使用人から玉の輿に乗る方法もあるのか聞いとくんだったわ!

 まあいいか。お礼に来てくれるならその時聞こう!

 

 今日は良いことしたなー。さっすが仮成人のわたし♪


 さ、かーえろ。

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