第16話 アリシア、刺繍職人見習いと対決する
「以上がこの工房の説明だ。何か質問はあるか?」
朝食を終えた後、親方に工房の使い方の説明を受けていた。
まあ、昨日のうちに勝手に色々見せてもらっていたし、あんまり気になることもないけどね。
「大丈夫だと思います。でも実際に作業しているところを見せてもらえたほうがイメージがつきやすいかもしれないです!」
説明だけだとワクワク感がないからねー。
親方の専門は皮じゃなくて手織物だったのね。でももちろん皮も扱うし、持ち込まれれば金属製品も修理するって話だから、わりと何でも屋さんなんだ。
「お~そうか。機械類の使い方はそのうち教えるとしてだな。まずはドレフィン」
「はい、親方」
呼ばれた一番弟子のドレフィンが音もなく、親方の前に歩み寄ってくる。相変わらず影薄っすいなー。イケメンで影が薄いと幽霊みたいなんだけど。幸薄そうな顔だし、幽霊先輩って呼ぼうかな。
「お前がやっている刺繍をアリシアにも見せてやれ」
「はい、親方」
刺繍かあ。
一応ママに教えてもらっているから、簡単なものならわたしでもできるよ。自分の服にワンポイントのキャラクターをつけたりはしてた! ほら、このうさぎの刺繍はわたしがやったんだよ!
「今やっているのはこれです」
幽霊先輩が手に持っている縫いかけの刺繍枠を見せてくれる。
おお、さすが職人仕事。素人のわたしの刺繍とは違ってかなり細かい。
「巾着に花……コスモスの刺繍をしているんですね」
「そうです。できあがったものは隣の店舗で販売をしています」
「ゆ……ドレフィンさんは、刺繍専門なんですか?」
「そうです。ありがたいことに贔屓にしてくださる方も増えてきましたので、最近はこれをずっとやっています」
ていねいな仕事ぶりで、ゆっくりではあるけれど、良い仕上がりになっているように見える。固定のお客さんがついているのはとても良いことですね!
「ドレフィンの課題はスピードだな。そのクォリティーを半分の時間で仕上げられたら一人前の刺繍職人として認めてやらぁ」
「がんばります」
半分かあ。
なかなか厳しい条件だけど、腕はちゃんと認められているのは良かったね。
「次はステンソン」
「なんでやんすか、親方?」
ステンソン! まずはちゃんとしたしゃべり方を覚えろー!
「お前の仕事もアリシアに見せてやってくれ」
「ガッテンでやんす」
おい、ヤンス! わたしは礼儀に厳しいぞ! 目上の人には絶対服従だからな! 親方に敬語は欠かすな、いいか⁉
ん? わたしはミィシェリア様にたいしてなれなれしいって? ミィちゃんは恋人だから対等♡ だからいいの♡
「ヤンス……ステンソンさん、それはいったい何をしているんですか?」
仕事を見せられても……何をやっているのか見当もつかない……。そもそもこれ仕事なの?
「木に歪みがないかチェックしてるでやんす」
歪み?
「チェックしてどうするんでヤンスか?」
「曲がっていたらまっすぐにするでやんす」
ふ、ふーん?
「これは隣の木細工用の素材管理なんだわ。ステンソンはあんまり細かい作業が得意ではなくてだな~」
ええー。不器用って致命的ー。何で親方のところで修業してるの? それなら隣の人のところにいけばいいじゃない。
「なんでもやるでやんす! 力仕事でも皿洗いでもなんでもやるでやんす」
「ま~そういうことだから、一応紹介だけな」
親方が手を合わせてアイコンタクトをしてくる。
つまり、ヤンスは行き場がないのね……。ホント親方って良い人過ぎるわ。
「はい……なんとなくわかりました」
わたしはお荷物にならないようにがんばりますからね⁉
「じゃあ、一応アリシアの実力も見せてもらうとすっか! ミィシェリア様のご紹介だから、好きにやってもらってもかまわね~んだけど、一応他の弟子たちの手前、はっきり見せてもらったほうが後腐れなくていいってな」
何者かわからないわたしが、我が物顔で工房に出入りして、オリジナル商品の開発なんてしてたら、兄弟子たちに不満がたまってしまう。
まあそりゃそうだよね。わたしがその立場だったら死ぬほどおもしろくないものね。それはそれは陰湿なイジメをして追い出しちゃうと思う。なんなら雑巾絞った水をお茶に入れたりしちゃうし、その辺の草でお腹壊す薬を創っちゃう!
でもわたしならそれでも平気だけどねー。食べ物はちゃんと構造把握してからしか口にしないからねっ! わたし、イジメになんて負けないわっ!
「ドレフィンの作った……お、これがいいな。こいつを見本に同じものを仕上げてくれや」
渡されたのは、青と紫のあじさいの刺繍が入った巾着袋だった。
一応、ちゃんと構造把握。
これはなかなか。細かいところまで手を抜かずに表現されていますね。
一点だけ気になるところがあるけれど……まあ、いいか。それよりも――。
「これは、手で縫ったほうがいいですか? それとも」
「全力でかまわねぇぜ。持ってるものをすべて使ってかまわねぇ。弟子たちにはそういう教育はしてあるからな」
スキルを使え。
そういうことですね。
どんなスキルを使おうとも、それが他言されることはない、と。
「わかりました。一応別室で作業してもいいですか?」
それでもスキル使用は誰にも見せない。ミィちゃんとの約束だから。
親方が無言で扉を指さす。
「ありがとうございます。少しだけお待ちください」
材料を受け取り、わたしは席を立つ。人に見せるものを作るのは緊張するけれど、設計図は頭の中に入った。何も問題はないかな。
「見本はいらないのかい?」
わたしが見本に預かったあじさいの刺繍を置きっぱなしにして席を立ったので、親方が声をかけてきた。
「ええ、必要ないです。わたし、もう覚えましたから。エヘ♡」
小首をかしげて上目遣いに微笑んでみせる。
親方、どう? 今のしぐさかわいかった?
これ今後のキメポーズにしていきたいって思ってます! 昨日の夜ずっと考えてました!
いや、ヤンス。お前が頬を赤らめるな。お前だけは絶対にないからな⁉
わたしは虫を見るような……虫を睨みつけた後、隣の部屋の扉を開ける。
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