第15話 アリシア、朝食を振舞う
夕方からすやすやと眠り続けるスーズさんを見て、親方は仰け反るほど驚いていた。その理由を聞いてまたブリッジするくらい驚いていた。
その後は感謝されっぱなしで正直くすぐったいのなんの。
ベッド一式のプレゼントはやりすぎてしまったかもしれない……。
まあ、後悔はしてないけどね!
双子のお腹はどう見ても大変だもの。何とかしてあげたかったの!
そんなわけで翌日の朝、こんな状況になっているわけよ。
「お前さんが特別な力を持っていることは分かった。ミィシェリア様のご紹介だし、余計なことは詮索しない。だが、これはいったいどういうことだ……」
親方が目を見開きながら尋ねてくる。
わたしが食堂のテーブルの上に並べたものたちを見て驚いてしまったみたい。
「えっと、朝食、ですけど……。奥様には休んでいただきたいなって思いまして……」
勝手に台所を使ったのがまずかったかな。
「これが朝食、だと……」
「えっと……はい。朝市で安かった食材を使って簡単にではありますが……たりませんでしたか……」
親方がどれくらい食べる人なのかわからないし、兄弟子2人に至っては顔すら見たことがないから、普通の大人4人分……よりもちょっとだけ多めに準備したつもりなんだけど。
「逆だ逆。こんなに立派な朝食なんて見たことねぇぞ……。朝食なんてのはパンと豆のスープ、そしてミルクだ」
おっと、そうなんだ。
村で食べていたものと同じだ。
職人さんだからもっと精のつくものが必要なのかと思ってたわ。
「このパンは……まさか小麦か? こんなものよく手に入ったな」
「ええ、まあ。事情を話したら知り合いが安く譲ってくれたもので」
固いライ麦パンばっかりだと元気な子が産まれないかなって思って、つい小麦を……少量手に入れてから創作して増やしました。こっそり。
「こいつは卵と豚肉か? どういう料理なんだ?」
「それは豚肉を溶いた卵でくるんで焼いただけの料理で……」
オムレツって言葉はたぶんないよね。
「か~っ! こんな高級な料理、結婚式の時に見た以来だぜ!」
マジですか……。職人さんって体力勝負だから、良いものをたくさん食べてると思ってた! もしかして、わたしの村と同じような食生活だったの? やっちゃいましたか、これ。完全にやっちゃいましたね、わたし……。足りない香辛料……コショウとかクミンとか、こっそり創作しちゃったし。何聞かれてもはぐらかすしかないね……。
「冷めねえうちに食わねえと! 全員たたき起こしてくるわ!」
子供のようにテンションが上がってしまった親方が、スキップしながら大声を出して走り回っていく。
「さっさと起きね~と、アリシアのごちそうにありつけねーぞ! 俺が全部食っちまうからな~!」
親方のテンションー。みんなごめん。いつもならまだ寝てるはずの時間だよね。
そして5分後。
親方、スーズさん、兄弟子1、兄弟子2、そしてわたしの5人が食卓についた。
「ミィシェリア様、本日も朝食にありつけることに感謝いたします。昨日から新しい弟子としてアリシアを迎えました。工房の発展とアリシアの未来が輝かしいものでありますように」
親方が代表してミィちゃんにお祈りを捧げてくれる。
親方、ていねいにわたしのことを祈ってくださってありがとうございます。
ミィちゃん、今日もよろしくね。わたしがんばるよ。
「さあ、今日はアリシアが働き始める初日だ。なんとさっそく朝食を作ってくれたぞ。見ろ、この豪華な朝食を!」
「あなた、朝からテンション高すぎるわよ。みんなポカンとしちゃってるじゃないの」
スーズさんが苦笑する。
はい、みんなポカンとしてました。
一人テンション高すぎる人がいると、驚いていても熱が冷める現象ね。
「ほら、アリシアに自慢の弟子たちを紹介してくださいな」
「おう、そうだった」
スーズさんに促されて、親方がばつが悪そうに頭を掻く。
「こっちがドレフィン」
親方が長身の青年を指さす。
「18だ。もう俺のところで働き始めて、何年だ3年か?」
「今年で4年目です。よろしく。一番弟子のドレフィンです」
髪が長い。渋い声。寡黙そう。
「アリシアです。よろしくお願いします!」
兄弟子かあ。
髪をかき上げると……まあまあかっこいいんじゃないの? あくまでまあまあだけどね⁉
「こっちがステンソン」
親方が小柄な少年のほうを指さす。
「14だっけか。今年で2年目だな」
「親方~。おいらもう15でやんすよ。二番弟子のステンソンでやんす。よろしくでやんす」
「アリシアでやんす。よろしくでやんす!」
二番弟子。
なしよりのなし。背が低いし、顔も並み以下。やり直し!
「それでこのお嬢さんが、昨日からうちに住み込みで入ることになったアリシアだ。10歳。仮成人を迎えたばかりだが、めちゃくちゃ優秀だぞ!」
うわー。もちあげてくるー。挨拶しづらいじゃない!
「アリシア=グリーンです! 今日からお世話になります。いろいろ学ばせてください。よろしくお願いします!」
スーズさんを中心に拍手が湧き起こる。
兄弟子たちも一応歓迎してくれてるっぽい。ありがとうございます!
「さあ、挨拶が済んだところで飯だ、飯にしよう! せっかくのごちそうが冷めちまうぞ!」
そういうや否や、親方は目の前にある豚肉のオムレツをナイフで大きく切り分けると、口いっぱいに頬張った。
「うんめ~! なんだこれ……こんなの……食ったことねぇぞ!」
料理マンガのモブキャラかよ……。
食べるかしゃべるかどっちにかにしてよね。
でもそれは、ちょっと塩コショウしただけだから、そんなたいしたことしてないんだけどな。
隣を見れば二番弟子ステンソンが、白パンを前に固まってしまっていた。小麦粉のパンを見たの初めてだったのかな?
「それはちぎって、オム……豚肉と卵を乗せたりして食べると良いですよ」
みんながうなずき、わたしの言った通りパンとオムレツを口に入れて悶絶していた。ここまで反応してくれるとうれしいを通り越してちょっとおもしろくなってきちゃうね。
これがあれかな、異世界チート飯? いや、違う違う。だってほとんど朝市で売ってる食材で作っただけだし。ただし調味料は除く。
「このスープうんめぇぞ!」
親方、それ普通のミネストローネだから。さすがに村でも出てたし、いつも食べてるでしょ? あ、ちょっとクミンを入れたから、スパイシーになってるかも?
「アリシア、どれもとってもおいしいわ。昨日からぐっすり寝かせてもらって、ホントにありがとう。体の調子もすっかり良くなったわよ」
「それは良かったです! 奥様には元気なお子さんを産んでほしいので!」
「あらあら。この子たちもはしゃいじゃって。ほら見て」
お腹をぼこぼこ蹴ってる! たまにお腹に足形が浮き出て見えるよ! 元気だねぇ。
「このサラダうんめぇぞ!」
親方、それは洗って塩とオリーブオイルをかけただけです。
まあ、みんな喜んでくれて良かったよ。
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