第12話 アリシア、口説かれる?

「ほ~そうかそうか。そうやって通貨は流通するのだな!」


 はぁ、疲れる……。

 なんで店の仕組みやら流通の仕組みやらを教えないといけないんだ……。

 前世での専門は工学だったし、経済学は一般教養レベルで適当だけどいいのかな。


「ところでこの街には魚を売っている店が1つもないな。なぜだ?」


「あー、それはですね。ここガーランドが大陸の内陸部に位置するためです」


「内陸部だとなぜ魚が売っていない?」


「海が遠いため、海産物は流通しません。輸送に何日もかかると腐ってしまうためです。一部塩漬けにした海産物がありますが、加工品は高価ですので、直接専門の店に卸されたりしています。市場で見かけることはほとんどないですね。川魚など淡水魚は一部流通しますが、海水魚と違い、クセが強いためあまり好んで食べる者もおりません。結果、取り扱う店がほとんどない状態なのです」


「なるほどな。王都は海が近いからか。肉より魚のほうが安いこともある」


「そうなんですね。わたしも一度は王都に行ってみたいです」


 魚食べたいな。お刺身とか。

 前世の記憶を引き継いだせいで、助かる知識も多いけれど、食に関する知識はつらいだけなんだよね。この街にいたら……この国にいたらほとんど食べられない食材や料理ばかりの記憶だし。

 自分で創作するにしても材料がないとさすがに食べ物はねー。

 とくに調味料のための食材がないかどうかをチェックするためにも、こまめに市場には訪れているのだよ!


「そうか~。アリシアは王都に行ったことがないのか。王都は良いぞ。広いし、市場もここの何倍もある。あとは建物が立派だな。城壁も高い」


 スレッドリーは身振り手振りを使って、王都のすばらしさを教えてくれる。

 貴族って普段は自分の領地にいるものなんじゃないの? そんなにしょっちゅう王都に行っているのかな。


「俺たちは明日この街を立って王都に戻る予定なんだ。アリシアにも王都を見せてやろうか?」


 何言ってんだこいつ。

 もしかして、わたしのこと口説いてるのかな? 会ったばっかりでマジひくわー。貴族ってこういう感じでハーレム作っていくのか……。マジきつい。愛がない。体目当てとか恥ずかしくないのかね⁉


「せっかくの申し出ですが、わたしは女神ミィシェリア様の信徒であり、修行の身です。修行を終え、成人になった暁には、一度王都を訪れて、見聞を広めようと思っています」


 丁重にお断り、と。

 男はイケメンか王子様以上の身分。女は女神様か相応の美女。それ以外わたしのハーレムには不要でございます!


「旅費か? それくらいなら俺が出すぞ」


「スレッドリー様。あまりしつこくされますと、嫌われてしまいますよ」


 見かねたラッシュが会話に割って入ってくれる。

 もともと1ミリも好感を持ってないし、無の感情だから、好くも嫌うもないけどね?


「そうか……残念だ。成人したら絶対に俺を訪ねてこいな。精一杯歓迎するぞ」


「……ありがとうございます」


 けっこうです。

 

 そろそろ別れて買い物に行きたい……。

 あ、ダメだ、腕輪のこと!


「スレッドリー様。さきほどお店で怪しげな腕輪をご購入されていたようですが」


「ああ、これか? 隷属の効果が付与されている魔道具だ。めずらしいだろう?」


 腕輪を懐から取り出して、わたしに見せてくる。


 とりあえず再度、構造把握をしてみようかな。

 うん、間違いない。言っている通り、装着者に隷属の効果があるね。

 だけど、所有者の名前が……。なるほど、ああ、これはだまされちゃったかー。


「どういった目的で使用されるおつもりですか?」


「今日の夜会でロイス嬢にプレゼントしてだな。これを腕にはめてもらえれば、俺の言いなりに」


 やはりクズだったか。

 どうしようもないヤツだね……。


「それで体を弄ぼうと? 正直それはどうかと思いますよ!」


「体? アリシアは何を言っているんだ? 俺はただ、美人と噂のロイス嬢と友だちになりたくてだな。隷属させたら友だちになってもらえるだろう?」


 ぅ、なんて純粋な目!

 ……ごめんなさい。クズはわたしのほうでした。


「そそそそうですか! でも、その腕輪の所有者、すでに登録されていてスレッドリー様ではない方のものになっていますよ」


「なんだと⁉……本当だ! 誰だ、これ。気づかなかった!」


 このままロイス嬢に渡していたら、スレッドリーには隷属しないし、たぶん本来の所有者の奴隷になって大変なことになっていたかもね……。


「ラッシュ! さっきの店に戻るぞ」


「かしこまりました!」


 2人が踵を返して走り出す。

 しかたないのでわたしも……。ローラーシューズでスィー。



「ない! 店がないぞ⁉」


 スレッドリーが大声で叫ぶ。

 たしかにさっき怪しげな行商のお店があった場所がすっぽり空きスペースになっていて、もぬけの殻だった。


「おい、ここにいた行商人はどこに行った⁉」


 スレッドリーが隣の店主に詰め寄る。

 隣のおっちゃんは首を振るばかり。


 まあ、このタイミングで店が消えてるってことは、偶然ではないって考えるほうが合理的よね。


 スレッドリーが意図的に狙われた?

 腕輪をロイス嬢に装着させるのが目的?


 でもスレッドリーがあの店に立ち寄ったのは偶然のように思えるし。うーん、考えすぎかな。


「ところで腕輪の所有者の名前に心当たりがあったりしませんか?」


「所有者の名前……あれ? 名前が消えているぞ」


 腕輪を確認したスレッドリーがまたもや大声を上げる。


 ん、どういうこと? さっきまではたしかに……ホントだ! 所有者の名前が消えて……隷属の効果も消えてる!


 だまそうとしたのがバレたから証拠を消して逃げた……?

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