第11話 アリシア、説教をする

「かしこまりました。少しの間であればご案内させていただきます」


 腕輪を使ってどんなことを考えているかも探らないとだしね。

 さすがに隷属の腕輪を持たせたままにするのはまずい気がする……。


「アリシア、助かります。よろしくお願いいたします」


 おお、歯が光った。

 イケメンの歯ってホントに光るんだ。


「おい、アリシア。おまえ何歳だ?」


「先日10歳になりまして、仮成人にございます」


「そうか。俺も仮成人になったばかりだ。同じだな」


 うーん。クソガギが笑っても歯は光らない。いや、そもそもイケメン風に微笑まれると寒気がするからこっち見ないでくれないかな。


「そうでございますか。それはとても喜ばしいことで……」


 わたし、うまく愛想笑いできてるかな……。


「仮成人ともなると、本格的に仕事の準備をしたり何かと大変だよな~。俺は……とある領主の息子だから、将来領土を治める者になるんだ」


「そうでございますか。それはすばらしいですね」


 さっきの話を聞いてると、領民を税を納める金づるにしか思ってないヤツ。何もすばらしくないわ……。


「おお、わかってくれるか。領主はすばらしいぞ。領民すべてが頭を下げてくる。一番偉いんだ税金でうまいものも食えるしな」


 こいつ……。ろくでもないな。領主の親父さん、ぜんぜん教育できてないのね……。


 そっとラッシュのほうを見やると、ラッシュと目が合ってしまった。

 なんて悲しそうな目。

 ラッシュは小さく首を振った。

 あ、こっちはまともな神経の持ち主だったみたい。そっか。このままで良いなんて思ってないよね……。


 しょうがないにゃあ。


「失礼ながら。領民が領主を敬うのは当然のことではございません。領主が正しく領地経営をし、領民たちが健やかに過ごせるように守り、発展させるように正しく導くのが領主の務め。そして領民はそれに従うのが務め。領地の開拓を行い、借り受けた土地の利用対価として税の納付を行うのです。お互いの役割分担の話だと存じます」


 …………。


 あれ、無反応?

 ついマジの説教しちゃった……。無礼罪で打ち首? そっと逃げよう……。


 と、スレッドリーもラッシュも目を丸くしてわたしのことを見ていた。

 何この反応? 怒っているわけじゃないの?


「アリシア……おまえ、本当に平民の子か?」


「そうでございますが何か?」


「難しくて半分も理解できなかったが、父上がおっしゃっていることと似ている……。どこでそれを学んだんだ?」


 あ、そういうこと。

 さすがに平民が領地経営の基礎知識を持っていたらおかしいかな……。


「えーっと、そう、女神様! 女神・ミィシェリア様はいろいろな知識を授けてくださるのです」


 ミィちゃんごめん。

 あとで口裏合わせておいて!


「ほう、女神様のご神託か。なるほどな。俺の信仰する女神はスークル様だが、そういったご神託はいただいていないな……」


 スークル様は戦いの女神。領地経営については教えてくれないのかな? まあ「それは筋肉ゴリラだからじゃない?」とは言えない。ミィちゃんが一番かわいくて最高なのは間違いないから、信徒として株を上げておこう!


「ミィシェリア様からほかにどんな話を聞いているんだ? 俺にも教えてくれ!」


 スレッドリーが目を輝かせてわたしの手を取る。

 いや触んなし。


「え、ええ……。そうですね。ミィシェリア様は身分の差で人の優劣をつけてはいけない、とおっしゃっています」


「それはどういうことだ? 身分が下の者は好きに使って何が悪いんだ?」


 こいつ、ナチュラルクズか。

 おい、ラッシュ⁉


 ……いや、かなしそうな顔をすればなんでも許されるわけじゃないからね? ダメだよ、なんでわたしにバカ息子の教育をさせようとしてるのさ! うーん……ちょっとだけだからね?


「さきほどの領地経営と同じことでございます。人が人を敬うということは当然のことではございません。身分の上下に寄らず、相手が敬うに値する人物なのか、相応の行動をとっているのか、それが大切なのです」


「う~む? たとえばどういうことなのだ?」


 金髪クズ息子が明後日の方向を見つめている。これは……頭にはてなマークをいっぱい浮かべてますね。まったく、飲み込みが悪いなあ。


「そうですね。たとえば、スレッドリー様にとってラッシュ様はどんなお方ですか?」


「ラッシュは……父上の護衛だが、俺の世話役を命じられていて、いろいろ面倒を見てくれるな」


「それについてどう思われますか?」


「どう思うか……。どう……助かる、かな」


 しばらく悩んだ後、スレッドリーはその言葉を口にした。


「それでございます」


「それ?」


「『助かる』つまり、スレッドリー様にとって、ラッシュ様は助かる存在。感謝すべき相手、つまり敬うべき相手ということなのです」


「なるほどな? でも、ラッシュは貴族ではないぞ?」


「ですから、敬うべきは爵位ではなく、その人自身がそれに値するかどうか、なのでございます」


「なるほどな?」


 自分のことに置き換えたら少しはわかってきたかな?


「日頃からスレッドリー様のお世話をしてくださるラッシュ様に感謝を伝え、敬う心を持つこと、これこそが正しい行いだとミィシェリア様はおっしゃっておられます」


「そうかそうか。……ラッシュ、いつも助かる。ありがとう」


 スレッドリーはラッシュのほうを向き、小さく頭を下げた。


「スレッドリー様! ありがたきお言葉……。ありがたき……初めてのことに……すみません」


 ラッシュは顔を覆い……泣いていた。

 マジで? いまそういう感動的なシーンだった⁉ あなたたち、普段どんな生活してるのよ……。


「おお、ラッシュが喜んでいる! アリシア、感謝するとはこんなに気持ちが良いことなんだな!」


 スレッドリーがうれしそうにわたしの手を取る。

 わかったからいちいち触んなし。


「アリシアの話は為になるな! もっと話を聞かせてくれ!」


 やばいヤツに懐かれちゃったなあ。

 もう帰りたい……。

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