第2話 アリシア、女神様の素顔を見る

「伝えにくいことって……」


 はっ! もしかして、この間ボール遊びをしていて教会のステンドグラスを割ったから、罰が与えられる⁉


「いいえ。私は女神ですから、そのようなことで怒ったりはしません。ですが、あなたはきちんと謝ることのできる大人になれると良いですね」


「はい……ごめんなさい」


 黙って逃げてごめんなさい……。


「許しましょう。ですが、伝えたいのはそのことではありません」


 あれ? ミィシェリア様って、さっきわたしの心の声に返事しなかった?


「ええ、あなたの心の声は全部聞こえていますよ。私は女神ですから、信徒の心の声を聞くことができます。神と子の間に隠しごとはできませんから、裏表なく、清廉潔白に生きるように努力をしてくださいね」


 おお、女神よ。

 わたしは一点の曇りもない清い心の持ち主です。

 やましいことなどこれっぽっちも考えておりませぬ。ギフトされるスキルでお金儲けをして、その資金を使って王都で開かれるパーティーに参加して、王子様や貴族様に見初められて玉の輿に乗ろうなんて微塵も考えておりませんよ?


「10歳にしてそこまで明確な人生設計ができているとは……末恐ろしい子ですね。……もしやすでに記憶が戻りつつあるのでしょうか」


「かっこいい旦那様を捕まえることがわたしの人生最大の目標です! ママを見てそう思いました! わたしのパパは愛人を作って家を出ていったのでー。そんな糞野郎と結婚しないためにも、特別なギフトをですね……」


 寝ていてもお金が稼げて、王子様が勝手に言い寄ってくるスキルをください!


「……そう、ですか。それは大変なことで……。ですが、実の父のことを糞野郎などと言ってはいけませんよ。あなたのご両親が愛し合ってあなたが産まれた。そのことを常に感謝し、強く生きていきましょう」


「でも、あいつのせいでママはめちゃくちゃ苦労してますし、わたしが玉の輿に乗って早く楽をさせてあげたいなって。あ、そういえば、さっきおっしゃっていた記憶、とは何ですか?」


「そうでした……。アリシアと話していると、どうもペースが狂いますね……。あなたに伝えておかなければいけない大切なこと、それは……本来あなたはこの国の人間ではない、ということです」


「……え? わたしこの国の人間じゃない? もしかして……ママの子じゃないんですか? ということは、あの糞野郎の子供じゃない⁉ ヒャッハー!」


 わたしは驚きのあまり、思わず顔を上げる。

 視線の先には女神ミィシェリア様が! なんとそのご尊顔をまともに目にしてしまった。


 しまったぁぁぁぁぁ!

 やっちゃったぁぁぁぁぁぁー!


「絶対に顔を上げてはいけない」と、なんか妙にねちっこい視線で嘗め回すように見てくるハゲの司祭様に念押しされていたのに!

 ぐわー。これはギフトスキルがもらえなくなってしまうー! わたしの完璧な玉の輿計画がぁー!


「アリシア、ちょっと落ち着きなさい! 私の顔を見てはいけないなどという決まりはありませんから。まずは静かに! 私の話を聞いてください!」


 え、罰はないの?

 なーんだー。ビビッて損した!


「ウソついたな、ハゲ」


 それならじっくり見ちゃおう見ちゃおう♪

 あのハゲみたいに嘗め回すように見ちゃおう♪


 おおー、女神様……めっちゃ美人じゃーん! さっすが愛の女神! おっぱい大きいし、腰が細いし、おしりも大きい! 髪もふわふわーでキレイ! おっぱい大きいし、おっぱいも大きい……。

 くそっ、うらやまけしからん! もぎ取りたい……でも女神様だし……。落ち着けっ、わたしの右手っ!

 だけどさー、こんなふうになれたらさー、きっと王子様だってわたしに振り向いてくれるかもしれないよねー。いいなあ。女神様かあ。


「ねぇねぇ、ミィシェリア様ー。なんであのハゲはミィシェリア様の顔を見てはいけないなんて言ったんですかねー?」


「あなた急に気安いですね……。それと他人の容姿のことを悪く言うのはやめなさい」


 へーい。以後気をつけまーす。


「……まあいいわ。神の顔を知らないほうが信仰心が高まるとして、実際そのように指示する女神もおります。ですが、私は見られて困るような顔をしていませんし? むしろ積極的に見て『うつくしいですね~』『ミィシェリア様最高ですね~』と褒めて崇めてほしいですし?」


 なんだこの女神……。言ってることがうちのお姉ちゃんと一緒じゃん。

 マジ引くわー。


「そこで引くんじゃありません! 私は女神ですよ! 敬って崇め奉りなさい。……いいです、そんなことよりも、です! 話を戻しますよ、いいですか⁉」


 あれ? 眉間にしわ? 怒らないはずの女神様が? おや、まさか?

 

「もしかして、ミィシェリア様怒ってる?」


「怒ってません! 早く話を進めたいだけですから、ちゃんと聞いてください!」


 ミィシェリア様が地団駄を踏んでいる。

 めっちゃ怒ってるじゃん。でも、すまし顔と違って怒っている顔はかわいらしいな……。美人で巨乳は何をしてもかわいい……うーん、これはこれでやっぱりイラっとする事実だわ。

 だけど……これは将来のために覚えておこう。わたしが将来美人になった時、こういうふうに振舞えば王子様を落とせるんだな、と。メモメモ。



「はーい。わたし、この国の人間じゃないって説明をお願いしまーす」


「もしかして、この話、そんなにショックを受けていないんですか?」


「いやいや、十分に驚いてショック受けてますって。ただ驚いたところから時間が経ちすぎて、もうすでにちょっと冷めてきてるだけでーす。だからこれ以上冷める前に驚きたいんで、早めに説明をお願いしまーす」


「まったく誰のせいで……。まあいいでしょう。そう、先ほどあなたはこの国の人間ではないと言いました。わかりやすく言うと、あなたはこの国で繰り返される運命の輪とは別のところ、いわゆる異世界からやってきて、新たにこの国に転生した人間なのです」


「なんだってぇぇぇー。それは大変だ……っていわゆる異世界? 転生? えっと、まず国ってなんですか? 世界って何ですか?」


 何言ってるんだ、この女神様。

 運命の輪? 異世界? 難しすぎてさっぱりですよ。


「そうですね……。10歳のあなたのままでは、この話を理解するのは難しいでしょう。ですので、今から前世の記憶を呼び起こします」


「前世の記憶? 前世って何ですか?」


 また新しい言葉。

 難しいことはいいから、早いところお嫁さんスキルくれないかなあ。


「あなたの質問に1つ1つ答えていたら、いくら時間があっても足りません……。もう説明はあとにしますから……。とにかく、目を閉じ、頭を垂れなさい」


 そう言うなり、ミィシェリア様は強制的にわたしの頭の上に手を乗せてきた。

 

 熱っ!

 女神さまの手から、炎が燃えるような熱……いや、何か別のものが流れ込んでくる。


 目の前が白く……頭が燃える……。

 やばい、死ぬ⁉

 でも、お嫁さんになる前には死ねないっ!

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