第3話 アリシア、前世の記憶を取り戻す

 ミィシェリア様の手を通じて、わたしの頭の中に、誰かの記憶の断片が流れ込んでくるのを感じる。

 

 これは誰? 男の子? 見たことない服。周りの風景。 

 あ、待って。なんかちょっと思い出してきたかも。

 あ……前世。これが前世なんだ。

 わたし、前世では男の子だったんだ。気弱そうであんまりかっこよくない……。王子様とは違う。がっかり。

 

 流れ込んできた記憶、そして知識が紐づいていき、わたしは前世という概念を理解した。

 大学。研究。ロボティクス工学。就職活動。

 知らない言葉が頭の中に浮かんでは消える。そして脳内に浮かぶ映像とともに理解する。


 わたしは以前、こことは違う世界で暮らしていた。


 そう、だんだんと記憶がクリアになってきた……。


 ボクの人生は、何をやっても裏目に出るアンラッキーな人生だった。

 周りからは『逆神』なんて呼ばれていじられていた。別にいじめられていたわけじゃないけど、特段仲の良い友だちもいなかった。


 じゃんけんは一度も勝ったことがないし、コイントスすれば全敗。自分で思ったのと反対を選べば正解だと思って、裏の裏をかいたら、普通に裏が正解。


 小学生、中学生、高校生、いずれも病気やけがで遠足や課外学習、修学旅行には参加できず。集合写真は右上に別撮りされた切り抜き写真がボクの定位置だった。


 大学受験の当日には、インフルエンザにかかって追試験。その追試験の日に電車が大遅延して試験に遅刻。結局それに動揺して回答はめちゃくちゃ。結果浪人。次の年に受験。一浪の末、何とか補欠合格。なんて具合にアンラッキーばかり重なっていた。


 あれ? でも大学生より後のの記憶が思い出せないな。


 あ、そうか。

 ボク、就職活動中で、面接会場に向かう途中に死んだんだ……。

 横断歩道に車が突っ込んできて……あのまま、か。おばあさん無事だったかな。

 就職活動しないで大学院に進んでたら、今も生きてたのかなあ。

 

 なんだろうね、前世のボクの人生って。思い出してみても、何一つ良いことがなかった気がする。恋愛経験どころか、女の子と話した記憶もほとんどない。そもそも男の子の友だちもぜんぜんいなかったわ。うーん、他人事みたいだけど、ホントむなしい人生……。


「どうですか? 前世の記憶の蓋は開けましたが、思い出せましたか?」


 ミィシェリア様がわたしの頭の上から手を離す。


「はい。まだ混乱していますが、前世の知識は得ました……」


「それは良かったです。転生者には、その前世の記憶と知識を活かして生きていくことが認められています。ただし、あまり派手に転生者であることを周りに触れ回ると、それを利用しようとする者たちに命を狙われる可能性がありますから、注意するように」


「え、怖い。ボク……わたし、命を狙われるんですか? またアンラッキーな人生は嫌なんですけど」


 前世のような人生は送りたくない……。

 お金を貯めてかっこいい……かわいい……旦那様……お嫁さんをもらう。好きな人と……。誰かボクを見て。わたしだって人間。ボクのこと無視しないで。わたし自分でできるから。愛して。愛されたい。

 

 あれ?

 ボク……わたし……?


「混乱していますね。前世と現世の性別が異なる場合によく起きる現象です。時間をかけて折り合いをつけていくのが良いでしょう。女性として生きるのか、男性として生きるのか。悩んだ時にはここ教会に来なさい。前世の記憶を有することによる悩みは、洗礼を行った女神が解消することになっています」


「えっと、例えばどんなふうに、ですか?」


「そうですね。あなたが前世のように生きたい。そう願うのであれば男性として生きられるように諸々の処理をすることもできます」


「え、すごっ。それって日替わりでもいいですか? あ、水をかけたら女で、お湯をかけたら男になるマンガに憧れてて!」


「あなた、何を考えてるの……そんなのダメに決まっています」


「ちぇ。ケチー」


「ケチ⁉ 女神に向かってなんてことを!」


「ああ、ごめんなさい。怒らないで。ミィシェリア様好き好きー。美人ー。スタイルいいー。こんなきれいな女神様前世でも見たことなーい。よっ、巨乳! 世界一!」


「ま、まあ? そこまで反省しているなら許しましょう」


 ミィシェリア様ってけっこうチョロい……。

 チョロくてかわいい……あれ? もしかして、なんかけっこう好きかも……何この気持ち……。まさか女の人を、巨乳を好きになるわけないよね! 巨乳はわたしからすべてを奪う……滅するべし。

 

「はっ⁉ あ、そういえば、転生者に他の特典はないんですか? ラノベでよくある話だとチート能力がもらえて、その力で魔王と戦うとか」


 前世の記憶参照。

 そう、ここに転生した理由は、勇者として魔王討伐をするためなんだ!

 今こそラノベとゲームで鍛えた知識を全開放する時!

 聖剣エクスカリバーで魔王を撃ち滅ぼすぞー!

 うおー! 燃える展開だー!


「魔王? そんなのはこの世界にいませんよ」


「え? 魔族との闘いは? 手に汗握る剣と魔法のバトルは?」


 転生したからには勇者となって異世界無双するのが礼儀なのでは⁉


「ちょっとその礼儀は知りませんね……。魔族は存在しますが、パストルラン王国は多民族国家ですから、人族も魔族も獣人族もエルフ族もみんな仲良く暮らしています。それは現世の知識としてあなたも有しているのでは?」


「あー、はい。そうでした……。お隣のシールケちゃんはワーウルフですし、その隣のルースちゃんはバンパイアですね。どっちも巨乳なので許せないですが! あざとうざいルースよりもシールケのほうが厄介なんですよね。天然って言うか、ホヤホヤしてるとマジイケメンホイホイで。10歳にして5股ですよ、5股! 天罰下しましょうよ! あ、でも、あれか。ワーウルフの成人年齢は10歳だから別にいいのかな……」


 あー、なんだ、魔王いないんだ。

 代わりに巨乳無双でもするかな……。


「あなたいちいち物騒ですね……。成人しても5股はどうかと思いますが……。おほん。しかし森に潜む魔物や獣、言葉を介さないモンスターは存在します。それらを狩ることで、食料や武器、防具、日用品などの素材にすることは許されています」


「あとは経験値をためてステータスを上げる、とか?」


「そうですね。仮成人となれば、ギルドに登録して冒険者としての人生をスタートすることもできます。積極的にモンスターと戦い、ステータスを伸ばしていく」


 そうだ、冒険者!

 RPGのような冒険ができる。

 前世の記憶を得たからか、少し冒険者にも興味が湧いてきたなあ。でも面倒だからたぶんやらないけど。


「今は停戦状態にありますが、いずれ他国との戦争になることもあるでしょう。そのために冒険者は力を蓄えることにもなります」


 冒険者の主たる目的は戦争のための訓練かあ。

 こわいなあ。死にたくない。

 まあでも死んだところで復活すればいいっしょ!


「この世界で死んだらどこで復活できますか? 神官の魔法? それとも教会で復活? ハゲの司祭様には死んでも体は触られたくないなあ」


「何を言っているんです? 死は誰にでも訪れる受け入れるべき概念。死んだらまた次の生を受けるために運命の輪に入る、ただそれだけです」


 おっと、なるほど。復活の魔法はないっぽい。ハードモードな世界。

 死んだらダメ。気をつけよう。


「だいたいわかりました! じゃあもういいんで、そろそろチート能力ください!」


「記憶が戻ってもあいかわらずグイグイ来ますね……。前世で自分が死んだ時、両親はどうしていたのか、周りの反応はどうだったか、そういうことを普通は尋ねてくるものなのですが……」


 んーあー。なんか他人の記憶を覗いている感覚で、全然自分事に思えなかったんだよね。


「わたし、たぶん前世に未練や後悔がないんだと思います。なんか全然うまくいかなかったし、転生できたことがラッキーみたいな? 前世のボク……アンラッキーすぎたんですよ」


「そう、ですね……。少し……かなり、つらく厳しい人生だったと察します。ちなみにあの事故は加害者のよそ見運転が原因でした。あなたが突き飛ばした高齢の女性は転んだ拍子に小さなケガをした以外は無事でした。その代わりあなたが……。ですが、ご両親には多額の賠償金が支払われ、この10年間とても楽しく暮らしていらっしゃいます」


「おばあさんが無事でよかった! でも賠償金⁉ ずるい! わたしもそのお金をもらう権利があるのでは⁉ 死んだのはわたしなんですよ⁉」


「ここからは干渉できない世界ですから……。それにあなたを失ったことでのご両親のショックはお金では変えられないものが……」


「あーそうですかー! もういいです。だいだいわかりましたからー。それに、わたしはこの世界に転生した。前世の話はもうたくさんです。わたしはこの世界で楽しく暮らす方法を考えたいんです」


 前世は前世。

 今わたしは、この世界にはない知識と記憶を手に入れた。それは活かしてどう生きていくかを考えたい。

 それと――。


「早いところチート能力ください!」


(早いところチート能力ください!)


「わかりました、わかりましたから。まずは先に洗礼式を終えてから、あなたの人生に必要な能力を授けます」


「やったー! チート能力! ミィシェリア様好きー! さすが愛の女神。愛してるー!」


「まったく……現金な人ですね。では洗礼式を始めます。目を閉じて、頭を垂れなさい」


 またそれ? 頭下げさせるの好きだねー。

 ある種の承認欲求? たまってるのかな?


「だまらっしゃい! いちいち儀式にケチをつけるんじゃありません!」


 ん、ミィシェリア様、怒ってるの? まさか、愛の女神様なのに⁉


「怒ってません!」

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