第15話 満員御礼

 数日後、私は「カフェ・ビースト」の前で驚きに足を止めた。

(え? お客さんが入ってる?)

 窓からは、客が笑顔でケーキをつつく様子が見てとれる。

 楽し気な人の話し声は外まで漏れ聞こえ、扉の前で待つ人の姿も見えた。

「いらっしゃいませー! ただ今10分ほどお待ちいただくことに……、って、琴菜ちゃんか! 待ってたよ」

 エイロックさんは尻尾をぱたぱたさせると、私の手を引き店の中へ招き入れてくれた。

「えっ、あの、並んでるお客さんが……」

「言っただろ。あの席は君のための特等席だって」

 私は、周囲からじろじろと見られながら、いつもの席へと案内される。

「満席ですね」

「琴菜ちゃんの宣伝のおかげだよ。ありがとうな!」

(そんなはずは……)

 困惑する私の耳に、客たちの声が飛び込んでくる。

「本当だ、食べたことない味!」

「そっちのも一口いい?」

「これ、リピするしかないでしょ」

「千財さんが美味しいって言ってたしね」

(えっ? 千財さん来てたの?)




 一週間が経った。

 来店者の姿は日を追うごとに増えていく。

 顔の広い千財さんをきっかけに、口コミで評判が広まったようだ。

 私は今日も扉の外で並んで待つ人たちを差し置き、エイロックさんの誘導で特等席へと案内された。


「ねぇ、ウサギさん。一緒に写真いい?」

「いいよ、喜んで!」

 振り返ると、フラウドさんが客と並んでカメラに笑顔を向けていた。

「もっと寄ってよウサギさん。画面からはみ出しちゃう」

「こうぉ?」

「あは、近っ! 撮るよ~」

 客の顔に嫌悪の色はない。

「メガネねこちゃん、こっちいいですか?」

「ワンちゃん社長、お願いします!」

 他のメンバーも、ひっきりなしに呼びつけられ、笑顔で注文に応じている。

「あっ、シラフェルさん!」

「……琴菜」

 店の中に、ヒョウ柄の浮かぶ金色のヤモリ獣人を発見する。

 今日の彼はツナギではなく、カフェエプロンを身に着けていた。

「メカニックのお仕事じゃないんですか?」

「社長に呼ばれた。俺をリクエストしている客がいるから、短時間でも顔を出せと」

「人気ですね」

「どうだかな」

 遠くから『トカゲちゃん、こっち来て!』の声が上がる。

「トカゲじゃねぇ。……行ってくる」

 不承不承ながらも仕事をこなす彼の姿に、少しおかしみを覚えた。


 ふと、視界の端を見覚えのある人影がかすめる。

(あ……)

 私が気付くと同時に、相手も私を見る。

 隣の席にいたのは、千財さんと池逗さんだった。

「……なによ、伊部。こっち見ないで」

 彼女は不機嫌をあらわに、鼻にしわを寄せる。

「千財さんたち、来てたんですね」

「あたしらの勝手でしょ? ここに来るのに、あんたの許可がいる?」

(そうじゃないのに……)

「おまたせしました!」

 現れたのは、エイロックさんだった。

「さぁ、琴菜ちゃん。本日の日替わりケーキ、召し上がれ!」

「わ、今日もキラキラしてる。いただきます」

 私はケーキを口に運ぶ。

「美味しい!」

「はは、いつもながらいいリアクション!」

 エイロックさんは楽し気にウィンクをする。

「フラウドに伝えとくよ、琴菜ちゃんが褒めてたって。きっとあいつ喜ぶぞ」

 そう言うと、エイロックさんは手を振り席を離れて行った。

(本当に美味しい!)

 千財さんたちの視線を頬に感じてはいたが、私はケーキとお茶に集中することにした。


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