第10話 好奇心

 謁見室が閉鎖された後、私は皆の目を盗み、ドックへと向かった。

(いた……!)

 自然保護区で見た異星の船は、既にそこへと運ばれていた。

 4人の獣人は手首の拘束を解かれ、元通りの服装になっている。

 その姿に私はほっと息をついた。


「ふ~、問答無用で処刑ってのだけは免れたみたいだね」

 白兎のフラウドさんが力なく笑う。

「油断はするな」

 金色の鱗にヒョウ柄を浮かばせたシラフェルさんは、不機嫌な声を上げる。

「この『女だけの星』にとって俺たちは排斥すべき異分子だ」

「だよな。ギリなんとかなったけど、いつ事情が変わるかわからねぇ。みんな、慎重に頼むぜ」

「そうですね。まずは社長、あなたが気を付けてください」

「んだと、コラァ!」

 緊張から解放された様子で、和気藹々と話す彼らの姿に、つい吹き出した時だった。

「ん?」

 私の口から洩れたわずかな音を、エイロックさんの耳は敏感にキャッチした。

 橡色の瞳が、物陰に身をひそめる私を即座に捕らえる。

「おぅ、琴菜ちゃん!」

 彼は陽気に笑い、こちらに向かって大きく手を振る。

「隠れてないで、こっち来たらどうだ?」

「えっ……」

「さっきは失礼したな。体の具合はどうだ? 医者の診断書持って来たんなら、こっちよこしな。きっちり支払うからさ」

(えっと……)

 彼らと話をしてみたい。

 けれど、彼らは長らくこの星に存在しなかった「男」だ。

 そう思うと、やはり緊張を覚えてしまう。

 それに彼らは先ほどまで、非人道的な扱いを受けていた。

 彼らから見れば私は、無体を働いた人間の一員だろう。

 そう思うと、どんな顔をして彼らの前に出て行けばいいか分からなかった。

 私がその場でもじもじしていると、タロクさんがエイロックさんの肩を叩いた。

「社長、琴菜さんが怯えています」

「なんでだ? 今はちゃんと服着てんぜ?」

「我々はこの世界に存在しない『男』です。しかも異星からの訪問者。さらに言えば許可を得ず、正規ルートも通らず押し入った不法入国者です。警戒されて当然でしょう」

「あー、まぁ、そうだよな」

「でもさ、男がアウトなのはわかるとして、今時、異星人に抵抗ある人なんているの?」

 不思議そうに赤い目を見開くフラウドさんへ、タロクさんは静かな声で答える。

「どうやらここの人たちは、外部との交流を断っているように見受けられますので」

(? 異星人に抵抗? 外部との交流?)

 彼らの話す内容がイマイチ理解できず、私は首をかしげる。

 そんな私へタロクさんは柔らかに目を細めた。

「琴菜さん、我々に御用ですか?」

 御用というほどのものはない。

 ただ興味がある、それだけだ。

 この世界に存在していない「男」が目の前にいるのが物珍しい。

 そんな衝動だけで、彼らと接触してもいいのだろうか。

 それに、一体何を話せばいいのだろうか。

「……」

 私はしばし逡巡した後に、何とか口を開く。

「あ、あなたたちの声、とても低いと思って……」

「ん? おぉ? そっかぁ?」

「それに私たちより体が大きくて、腕も硬くて太い……」

「……男だからな」

 シラフェルさんの静かな声に、私は改めて彼らを意識する。

「男……」

 小さく復唱した後、私は我に返る。

 何をわけのわからないことを言っているのだろう。

 それよりも先に、私たちの仲間が彼らに辱めを与えたことを謝罪すべきじゃないだろうか。

「あ、あのっ、さっきは……」

「ねぇねぇ、琴菜ちゃん、ひょっとして男を見るのは初めて?」

 フラウドさんの質問に、私は謝るタイミングを逃す。

「はい、本物を見るのは。書物でなら少しだけ」

 私の答えに、タロクさんは小さく「ふむ」と呟いた。

「琴菜さん。あなたは他の方々に比べ、我々に対して好意的に見えますね」

「……はい。ずっと、憧れていましたから」

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