第11話 文献での記述

「憧れ?」

 シラフェルさんが腕組みをしながら首をかしげる。

「ここは女だけの世界だ。なぜ存在しない男に憧れを?」

「私にもわかりません。でも、女と女が結ばれ血を繋いでゆくのが当然の世界で、私はなぜかそれを受け入れられないんです」

 私の言葉に、彼らは互いに顔を見合わせる。

「とうの昔に絶滅した『男』について文献で調べるたび、心惹かれて仕方ありませんでした」

フラウドさんが赤い瞳をくるりと輝かせる。

「そうなんだ。心惹かれるって、例えばどんな部分?」

「例えば……」

 本音を語ることを初めて許された気がした私は、つい饒舌になってしまう。

「男は女に比べ、声は地鳴りのように低く、体躯は巨人のようだとか。あぁ、そうだ。岩肌を思わせるごつごつした腹部、丸太のごとき太い腕。その辺も本に書かれていた通りだって、抱きあげられた時に感動したんです」

「へぇ。他にはどんなことが書いてあったの?」

「好戦的で荒々しい、とか……」

 シラフェルさんが小さく笑う。

「そこは個人差があるが、な」

「ん~、まぁ、知識としちゃ大体合ってんじゃねぇか? けど、俺らはこの星の人間じゃないからなぁ」

 エイロックさんは私に親しみやすい笑みをくれる。

「琴菜ちゃんの憧れの対象と俺たちは少し違うかもよ? けど、好意的に見てもらえるのは嬉しいね。なにせここの住民にとって、俺たちは歓迎されない存在のようだし」

「社長!」

「あっ、先ほどはすみませんでした!」

 ようやく謝るタイミングを与えられ、慌てて頭を下げる。

「地球の仲間が、皆さんに不快な思いをさせてしまいました。本当にごめんなさい」

「いやいや! 琴菜ちゃんは何も悪くないって!」

 エイロックさんは歩み寄ってくると、膝をつき、私の顔を覗き見た。

「不法入国したのは俺ら、しかも施設の一部を破壊して。それは責められても仕方ないことだ。それに俺たちをあんなふうに扱ったのは、琴菜ちゃんじゃないだろ? だから謝んないでよ」

「は、はい」

 私が顔を上げるにつれ、エイロックさんも目を合わせて立ち上がる。

 そして屈託なく笑うと、手を差し出ししてきた。

「?」

「握手。この星ではそれが友好の挨拶なんだろう?」

「え、えぇ……」

 戸惑いながら、私はエイロックさんの手に自分の手を重ねる。

 キュッと握られると、掌に肉球が押し当てられ、手の甲を柔らかな獣毛がくすぐった。

「よ……、よろしくお願いします……」

「男」に触れる興奮と背徳感に、私の胸は高鳴る。

 頬から耳にかけて火照っているのが、自分でもわかった。

 エイロックさんを見上げると、彼は額に手を当て嬉しそうにしている。

「やばい。しぐさがいちいち初々しい。琴菜ちゃん、可愛い」

「え、えぇ!?」

「落ち着けオッサン」

「誰がオッサンだ、シラフェル!」

「社長、遊んでないで。そろそろ始めますよ」

 タロクさんの冷静な言葉を受け、エイロックさんは私の手からするりと自分の手を抜いた。

「じゃ、行ってくるね」

 エイロックさんはスーツの上を脱ぎ、コンテナの上に放り投げると、シャツの袖をまくった。

「本当ならお茶でも出して、おわびも兼ねてゆっくり琴菜ちゃんをもてなしたいところだけど。今はそんなわけにもいかなくてね。ごめんなー」

 言いながら、エイロックさんはハッチから中へ入って行く。

「シラフェル。この箱、カトラリーだよ」

「わかった。フラウド、こっちの箱のカップは無事だ」

「よかったぁ!」

 やがて、大きな箱を抱えたエイロックさんがこちらへ戻ってきた。

「よい、せっ、と!」

 下ろした荷を、エイロックさんは私の前で開ける。

 そこにはこれまで見たことのない、食材らしきものが入っていた。

 彼は箱から濃い紫の丸いものを取り出すと、がぶりと噛みつく。

「よし、これは美味い」

 エイロックさんは器用にナイフを使い一口大に切り取ると、こちらへ差し出す。受け取り、口に含むと、みずみずしく甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。

「俺ら、天井ぶち破っただろ? 船の修繕しなきゃだし、賠償金のこともある。ついでに消費期限迫ってる生の食材だ。さっさと仕事始めなきゃなんだよ」

 そう言えば、商売の許可とか何とか言っていた。

「ユニフォームの箱、持ってきたよ!」

「社長、スペースの使用許可下りました。明日から営業できます」

 まるで祭りの準備のように忙しく立ち回る彼らに、私は疑問をぶつける。

「皆さん、何をされるんですか?」

 エイロックさんはニカッと笑う。

「明日この場所に来てくれよ。そうすれば分かる」


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