第9話 輝夜の決定

「今、このやりとりを見ている者は何人いる? ここや扉の外にいる全員にかん口令でも敷くかい? ただの一人も事実を漏らさないと? この状況を疑問に思う人間が一人も出てこないと?」

「……」

 入り口を埋め尽くす観衆へ素早く視線を走らせた警備隊長は、すぐに殺意のこもった眼差しをエイロックさんに戻す。

 しかし、彼はそれを微笑でかわした。

「小さな違和感は、やがてここを破滅させる大きな亀裂を生むだろうよ。感情的な判断や小細工はやめて、俺らのことは生かしておいた方がいいんじゃね?」

「そんなことにはならん! 貴様らはこの世界を破壊するテロリスト! ゆえに即座に処刑する! それだけのことだ!」

「取引とは」

 いきり立つ警備隊長を、輝夜様の威厳ある声が制した。

 輝夜様の反応に、エイロックさんは口端を上げて笑う。

「壊したものへの賠償金は間違いなく支払う。拘束さえ解いてくれればすぐにだ。代わりに、俺らの船を修繕する場所を提供してほしい」

「……」

「あと、積み荷の中には食材があってな。無駄にしたくないから、商売の許可が欲しいんだ」

「図々しい! 輝夜様、このような戯言に耳を貸す必要はございません!」

「ここじゃ手に入らない、異星の珍しい甘味が揃ってるぜ?」

『異星の珍しい甘味』という言葉に、部屋のあちこちからさざめきが沸き起こる。中央管理局の職員や警備隊の者までも、その瞳に好奇心を灯した。

「ただ消費期限が迫っててさ。このまま腐れば捨てるしかねぇ。それを美味いうちにみなさんに楽しんでもらい、正当な対価をいただきたいって話だ。そんな悪い話じゃねぇだろ? 最終的に、その儲けも賠償金としてあんたらの懐に入るんだし」

(エイロックさん……)

「要するにそちらの損害は全額弁償。船が直るまでの間、俺らに居場所をくれってこと。修理を終え次第俺たちはここを出ていく。それでここの平穏は保たれる」

 エイロックさんの瞳に強い光が宿る。

「俺たちはあんたらのことに余計な口出しは一切しない。……どうだい?」

 まっすぐに玉座を見上げるエイロックさんの瞳。

 口元に笑みを浮かべているものの、その瞳は決して笑っていない。

 全身に緊張を漲らせ、五感の全てで空気を感じ取ろうとしているのが伝わってきた。

 そんな彼へ輝夜様は感情のない眼差しを向ける。

 誰もが固唾を飲み、事の成り行きを見守った。

「受け入れよう」

 どれほどの時間が経ったか、沈黙を破ったのは輝夜様だった。

 皆は呪縛から逃れたように、息をつく。

 だが、収まらないのは警備隊長だった。

「輝夜様!? まさかこんな要求を……」

「彼らの船をドックへ」

 輝夜様は警備隊長の言葉を聞き流し、中央管理局の幹部へ指示を出す。

「はっ! 今すぐに手配いたします」

 輝夜様が視線をエイロックさんへ戻すと、彼は後ろ手に拘束されたまま、片足をもう一方の足のかかとの位置までスッと引き、恭しく頭を下げた。

「お心遣い、感謝する!」

「ただし」

 輝夜様の無機質な声が続く。

「少しでも下らぬ真似をすればその時は、……わかっておるな?」

「……あぁ」

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