第7話 無知
エイロックさんは後ろ手に拘束され下着姿のまま、こちらへ大股で歩み寄ってきた。
「さっきは悪かったな。医療施設に搬送されたって聞いたけど、ちゃんと診てもらったか? 自分の足で歩いてるってこたぁ、無事ってことでいいのかな?」
出会った時と同じ、人懐こい笑顔で近づいてきたエイロックさんに、私の周囲の人は悲鳴をあげた。
「きゃあ!?」
「ちょっと、来ないでよ!」
柵越しにも拘らず、まるで蛇や虫にたかられたかのように、彼女らは嫌悪感をあらわにする。
だが、エイロックさんはギャラリーを気にかけることなく、私の前まで来るとニカッと微笑んだ。
「何かあったら言ってくれよ、琴菜ちゃん。非は完全にこちらにある」
「は、はい」
「治療費以外にも、できるだけの補償をするから安心して」
「わ、わかりました」
「んぁ? どした、琴菜ちゃん? 目を背けて。俺のこと怖い?」
「そうじゃなくて……」
「社長」
タロクさんが冷静に制する。
「今の自分の姿を思い出してください。若い女性にはいささか刺激が強いかと」
「へ? ぅおう!? そうだった!!」
「大男がパンイチでぐいぐい迫れば、誰でもビビるよね」
からかうように肩をすくめるフラウドも、そしてタロクも、やはりその手首には電子手枷がはまっていた。
「しかし、ずいぶんな扱いをなさいますね、あなた方は」
身ぐるみ剝がされてもなお、エレガントに胸を張り、タロクは壇上へ鋭い目を向ける。
「常識的に考えて、こういった身体検査は、奥まった場所で同性の職員が執り行うのが通例でしょう。にもかかわらず、大広間のような場所で衆人環視のもと行うとは。いささかデリカシーや品位に欠けるのではありませんか? 立場が逆であれば、セクハラだなんだと大問題になるところですよ」
翡翠のような瞳を真っすぐに壇上に向け、タロクさんはゆらりと尾を揺らす。
「それとも、女性には必要な気遣いでも、男には払わなくて良いと? さぁ、今すぐ男性の職員を呼んでください。あなた方にほんのわずかでも平等意識があるのなら」
しかし、彼の言葉に返ってきたのは、乾いた忍び笑いだった。
「クスクス……、やだ……」
「男性の職員とか、クスクス……」
(あ……)
「何がおかしいのですか」
周囲の反応に不快を示したタロクさんに、中央管理局の幹部が笑いながら伝える。
「申し訳ございません、ミスター。ここには男性の職員などおりませんので」
「いない? ただの1人もか?」
シラフェルさんが思わず上げた声に、耐えきれぬとばかりに室内の人間が吹き出した。
「きゃははははは!」
「あなた方、ククッ、笑っては失礼ですよ」
「だってあの方、無知が過ぎるんですもの」
「地球ではとうの昔に男が絶滅しているというのに!」
「はぁあ!?」
エイロックさんが目を剥き、腹を抱えて笑う彼女らの元へ駆け寄ると、柵に顔を寄せた。
「地球の男が絶滅!? お前ら、何言って……!」
「きゃあ!?」
「こっち来ないで!」
その時だった。
「ぐぁっ!?」
エイロックさんが悲鳴をあげ、大きく身をのけぞらせたかと思うと、その場に崩れ落ちた。
「エイロックさん!」
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