第4話 異星の男

「うぉ、気付かなかった!」

 言うなり、犬型獣人を先頭に彼らは大股で近づいてきた。

(こっち来た!)

 血の気が引く。

(宇宙人と言えば、キャトルミューティレーション!? それともチップを埋め込まれる!?)

 怪しげな本で読んだ情報が脳内を駆け巡る。

 その場から逃げ出すことも出来ず、あっさりと私は彼らに取り囲まれてしまった。

「ヒッ」

「君、大丈夫かい?」

 身を縮める私を、彼らは気づかわし気に見下ろしている。

「え……、あ……」

 兎型獣人が私の前にしゃがみこみ、目線を合わすと首を傾げた。

「破片がぶつかったりしてない? ケガは?」

「い、いえ、私は、特に……」

「なら良かった。ボクはフラウド・ドナルレス。フラウドって呼んでね。キミの名前は?」

「わ、私は伊部琴菜……」

「イベ・コトナ……琴菜ちゃんだね、覚えた!」

 ふくふくと動く白い口元が愛らしい。

「あー、フラウド! お前ほんっと油断も隙もないな! 社長を差し置いて!」

 言いながら、犬型獣人は私の側に片膝をつく。

「俺はエイロック・ハグオ。よろしくな、琴菜ちゃん」

「は、はい。えっと、ハグオ社長……?」

「え~、そんな他人行儀寂し~ぃ。ダーリンでいいよ」

 ウィンクを決めている彼からは、社長の威厳を感じない。

「社長、琴菜さんを困らせるのはおやめください」

 そう言いながら、眼鏡をかけた黒猫獣人が私に向かって優雅に頭を下げた。

「申し遅れました。私、ハグオ社の経理を務めております、タロク・エセマイズと申します。タロクとお呼びください」

「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」

 私も慌てて頭を下げる。

 そして私たちは自然の流れで最後の1人を見やる。

 皆の注目を浴びたヤモリ型獣人は、気まずげに目を逸らした。

「……シラフェル・スイラルカム。シラフェルでいい」

 不愛想だが、嫌な印象は受けなかった。


(なんだか友好的な人たち。連れ去られたりしないのかな?)

 ほっと息をついた私だったが、次の瞬間視界がくるりと回転する。

「え?」

「一応、医者に診せた方がいいだろうな」

 気が付けば、私はエイロックさんに抱えあげられていた。

(えぇえっ!?)

 あまりにも何の抵抗もなく抱きあげられてしまったことに、驚愕する。

(まるで医療リフトだわ!)

「社長さぁ。どさくさ紛れに可愛い子に触れてラッキーなんて思ってないよね?」

「フラウド、お前と一緒にすんな」

「な~んて言ってるけど、油断しないでね琴菜ちゃん。これだからオッサンは」

「オッサン言うな」

 やいのやいのと言い合う二人を微笑ましく思いながらも、私は別のことに感動を覚えていた。

(なんて頑丈な腕……。太くて逞しくてがっちりと私を捕えている。それに柔らかさのない筋肉質の胸。低い声。これって……、文献で読んだ「男」?)

 長年、資料でしか知らなかった存在の登場に、知らず体が打ち震える。

(あと、若木の様なこの匂い。これは文献に記されていなかった特徴かも。この匂いに、しっかりと固い体。まるで巨木に身を預けているみたい)

「くだらない冗談を言っている場合ですか」

 黒猫のタロクさんが、細くため息をつく。

「こちらの不注意で異星の方に怪我をさせたとなれば、大問題ですよ」

(『異星』……!)

 彼の口にした言葉に、ドキリとなる。

 やはり彼らは宇宙人、いや異星人なのだ。

「琴菜ちゃん、病院どっち? 医務室でもいいや。このまま運ぶから」

 エイロックさんの声が聞こえる。

 けれど私の頭の中は、目の前の出来事で飽和状態だった。

 心臓は限界の動きをしている。

(いたんだ。地球ではとっくに滅んでしまったけど、宇宙にはまだ……)

 行き過ぎた興奮が限界に達してしまったのだろう。

(「男」が存在していた……!)

 脳裏が真っ白に染まり、私は意識を手放した。

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