第75話 繋がっていく点と線

「一度直接、ナジェンダお祖母様から話が聞ければ早いのだがな……」

 

 旦那様のお祖母様は体があまり丈夫ではないらしく、旦那様のお祖父様と共に隣国で療養されていると、以前に聞いた事がある。


「そういえば、私がアウストブルクに留学している間に、何度かサミュエル殿にはお会いしたよ。アナスタシアが元気にしてるか気にかけて下さっていた」


 ……私を?


 思えば、何故旦那様のお祖父様はクリスティーナの代わりに私を嫁がせるなんていう無茶を飲んでくれたのだろうか。


 お母さんが辺境伯の遠縁でナジェンダお祖母様とも繋がりがあったとするならば———


 もしかして旦那様のお祖父様は、最初から私の存在を知っていた?



「帰国の前にも挨拶に行ったからね。ユージーンの事を宜しく頼むとも言っていたよ。2人が上手くやっているか心配していたけれど、杞憂だったみたいだね」


 にこにこそう話すお義兄様。


 実は最初の頃の旦那様を思えば、あながち杞憂でも無かったんですけどね……。


「そうですか、お祖父様が」


 旦那様が何とも複雑そうな顔をする。


「あ、ねぇそれなら、ハミルトン伯爵とアナでアウストブルクに来てみない? 私が招待すればすんなり出国も入国も出来るわよ!」


 カーミラ王女殿下がパァッと顔を輝かせて言う。


 そりゃ王女殿下直々のご招待とあらば、国境もほぼフリーパス状態だろう。


 実はこの国は、人の出入りに結構厳しい。


それは平民だけにではなく、貴族にも……というか、むしろ貴族に対しての方が厳しかったりする。

 なのでこれはとても有り難い申し出だ。私も是非ともアウストブルクには行ってみたい。


「旦那様、私、アウストブルクに行きたいです!」

「ああ、そうだな。ありがとうございます、王女殿下。では是非ご検討を……」

「え? 何なら私が帰国する時に、そのまま一緒に付いて来たらいいのに」

「「!?」」


 さ、流石にそれはちょっと。

 王女殿下、行動力半端ないな!


「も、申し訳ございません、流石にそれは……。元々、夜会が終わればまた直ぐに領地に戻る予定になっておりまして」


 旦那様が慌てて王女殿下に説明をする。


 そう。領地にはやりかけになってしまったお仕事が沢山残ってるからね!

 あの後もマーカスが中心になって領地のみんなで頑張ってくれてるはずだから、進捗を聞くのをとても楽しみにしているのだ。


「あらそうなの? 残念ね。領地で何かあるのかしら?」

「はい! 成婚記念パレードを行うのです!!」


 旦那様がめっちゃいい笑顔でそう答えた。


 え、そっち!?


「まあ、それは素敵ね!」

「はい。実際に婚姻を結んでからは少し時間が経ってしまいましたが、夜会の為に作ったドレスのお披露目も兼ねているのです」

「夜会の時にアナが着ていたドレスね。確かにあのドレス、とても素敵だったわ」


 そのままワイワイと、ドレスの話へと話題は変わる。丁度内密な話もひと段落ついた所だったので、続きは食事をしながらにしようという話になった。


「私達が晩餐の間、リアはどうする?」


 王女殿下がリアちゃんに尋ねる。


 見れば、いつの間にか精霊達は精霊達で4人集まってお喋りを楽しんでいた様だ。

 窓際のサイドテーブルの上に、4人輪になる様な形でチョコンと座っている。


 か、可愛い!!


 思わずほのぼの眺めていると、向かいの席に座るお義兄様が少し寂しそうに言った。


「2人にも精霊は見えてるんだよね。少し羨ましいな。いつも王女殿下がユーフォリアと話していても、私には何もわからないから……」


 そうか、この場に限って言えば、むしろ精霊が見えないお義兄様の方が少数派なのか。


 しまった。お義兄様を仲間はずれにしてしまった。


「お、お義兄様も王女殿下とご結婚なされば精霊が見える様になりますよ!!」

「ブッ!! ゲホッ……ゴホゴホ」


 丁度紅茶を飲もうとしていたお義兄様が私の言葉を聞いて盛大にむせる。なんか駄目な事言ったっぽい。


「す、すみません、お義兄様。大丈夫ですか!?」

「あ、ああ大丈夫……ゲホッ。こちらこそごめんね、行儀が悪くて。うん、もう大丈夫」

「ア、アナ。男もな、これで中々デリケートな物なのだ。アレクサンダー殿は今が大事な時だから、そっとしておくのが良いと思うぞ」


 そんな風に言いにくそうにボソボソ呟く旦那様と、それを聞いて狼狽える私を見て、お義兄様も苦笑いだ。


「はは。それにしても、小さい頃、『僕には精霊が見えるんだー!』なんて言ってよく他の貴族の子供に揶揄われてたジーンが本当に精霊が見える様になるなんて、人生って面白いね」

「!?」


 小さい頃は、精霊が見えてた?


「旦那様、小さい頃は精霊が見えてたんですか!?」

「い、いや、全く覚えはないのだが……」


 小さい頃特有の、見えないお友達的な奴だろうか? それとも、本当に?


「子供の方が精霊との親和性は高いみたいで、子供の頃だけ精霊が見えていた、という話も時々聞くわよ?」


 途中から話を聞いていたらしき王女殿下が話に加わってくる。

 なるほど。それならフェイヤームの末裔らしい旦那様が、子供の頃に精霊が見えてもおかしくないのか。


 ……でも、それならむしろ途中で見えなくなった事の方が、何というかこう……不自然じゃない?


 何とも言えない違和感が心に残ったけれど、私はそれを振り払う様にしてみんなと共に晩餐会場へ移動する。


 ちなみに精霊カルテットは中庭へ遊びに行った。

 フォスとクンツとカイヤが、リアちゃんに『伯爵のお花』を見せてあげるらしい。実に微笑ましい。



 晩餐の間は、さっきのドレスの話の続きやお義兄様の留学中の話、ハミルトン伯爵領の話など色々な話をした。


 伯爵家の料理は王女殿下の口にもあったらしく、とても喜んで下さった。きっとハンスも感涙間違いなしだろう。


 楽しい時間というのは過ぎるのが早いもので、気が付けばあっという間に晩餐の時間は終わってしまった。


 馬車で帰って行くお義兄様と王女殿下を笑顔で見送り、旦那様が差し出してくれた手に、当たり前の様に自分の手を重ねる。


「旦那様、今日はとても楽しかったですね!」

「ああ、そうだな」





 こんな風に平和に過ごして、そのまま領地へ帰れればいいなと、私は心から願っていたけれど。



 やはり現実は、そんなに甘くはなかった。

 

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