第74話 フェイヤームの末裔達
「そうだわ。このお話をしていて思い出したのだけど、私、アナに謝らないといけない事があったの」
王女殿下が、私に? この流れで??
「夜会の日、私がアレクの控え室の続きの間にいたでしょう? きちんと扉を閉めていたから最初の方のお話は聞いていないのだけど、最後の方は少し聞いてしまったの」
あの日、続きの間で登場のタイミングを伺っていた王女殿下は、会場内の偵察をリアちゃんに任せて従者の方達とお茶を楽しんでいたらしい。
そして、リアちゃんからの報告を受けアルフォンス殿下がこちらに向かっているのを知り、心配して扉を少し開けて覗いていたそうなのだ。
「そんな。そこまで聞かれて困る話をしていた訳ではありませんし、王女殿下には助けて頂いた感謝の気持ちしかございません。どうぞお気になさらないで下さい」
確かにかなりプライバシーに踏み込んだ話はしていたが、正直調べようと思えば調べられる内容ばかりだ。
聞かれたからと言って特に困る物でもない。
意図的に盗み聞きされたというなら気分も悪いが、どう見てもそうじゃないのは私にだって分かる。
「ありがとう。そう言って貰えると有り難いわ。それでね、勝手に聞いたお話を話題にするのも品がないのだけど、少し気にかかる所があって……」
「気にかかる所、ですか?」
「ええ、辺境伯のお話が出ていたでしょう? あれってフェイラー辺境伯の事よね?」
王女殿下の問いかけに旦那様の方を見ると、旦那様が私に代わって答えてくれた。
「ええ、そうです。祖母の旧名はナジェンダ・フェイラー。フェイラー辺境伯の次女です」
「そう。やっぱり……。あのね、先ほどの話で、一部のフェイヤームの民はそのままその場所に留まったって言ったでしょう? 実はその場所がフェイラー辺境伯の領地なのよ」
ん? という事は、辺境伯家の人達はフェイヤームの末裔という事で、つまりその孫の旦那様は……
「それはつまり、旦那様はフェイヤームの末裔という事になりませんか?」
「そうなるわね」
そんなあっさり!?
「しかも、そこの領地を納めているフェイラー辺境伯の一族は『精霊の巫女』の末裔だから、ハミルトン伯爵は精霊の巫女の血筋という事になるわ。巫女の血族で男が生まれるって凄く珍しいはずよ? レアね!」
せ、精霊の巫女? また新しい言葉出て来た!
待って待って、脳みそ追い付かない。
「すみません、少し理解が追いつかないのですが、その精霊の巫女というのは何者なのですか?」
旦那様が眉をへの字にして訴える。
あ、良かった。追いついてないの私だけじゃなかった。
「精霊の巫女というのは、
王女殿下は得心がいかない様に首を傾げているが、フェアランブルで育った私としては、精霊について詳しく語ろうとしなかった旦那様のお母様の気持ちも何となく分かる気がする。
「何も聞かされておりません。精霊の事もフェイヤームの事も自分で調べて辿り着きましたし、アナと婚姻を結ぶまでは精霊の姿も見えませんでした」
「そうなの……。私も詳しくは知らないのだけど、フェイラー辺境伯領はフェアランブルの中でも少し異色の領地らしいわ。旧精霊教の信仰が根強いし、恐らく自分達がフェイヤームの末裔である事を誇りに思っているはずよ」
何だろう。情報を探し求めていたはずなのに、いざ真相に近付いていくと何か得体のしれない恐怖心の様な物が湧いて来る。
「アナのお母様がフェイラー辺境伯の遠縁だとするのなら、アナのその精霊との親和性の高さも納得よ。最近は末裔の血もどんどん薄くなっているから、これほど血が濃いのも珍しいけど。先祖返りタイプの愛し子って所なのかしら?」
「あの、先祖返りというか、私の場合は母も同じ様に精霊と交流できてたのですが……」
「親子2代で? それは珍しいケースね。その場合、愛し子というよりやはり血筋なのかしら? 愛し子自体、そんなに頻繁に生まれる物ではないし……」
カーミラ王女殿下はブツブツ言いながら何か考え込んでしまう。
私が不安な気持ちで座っていると、旦那様の手がポフンと私の頭に乗せられた。
「旦那様……」
「大丈夫だ、アナ。私は私だし、アナはアナだ。何も変わらない」
そのままポフポフと頭を撫でられる。
旦那様にそう言われると、何だかそんな気がして来るから不思議だ。
まぁそうだよね、今までと何かが変わるって訳でも無いんだし。
……というか、私よりむしろ旦那様の方が衝撃の事実発覚してない?
「旦那様、巫女の末裔らしいですよ?」
「ああ、そうらしいな。実感湧かんな」
……旦那様は、大物だなぁー……
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