第73話 隣国の精霊事情と私の心の事情
どうしよう? 国家機密なんて知ってしまったらヤバいのでは!?
私がアワアワしていると、お義兄様が苦笑いをしながら声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、アナスタシア。精霊使いの存在そのものが機密って訳ではないんだ。現に私も知っている位だからね」
「あぁ、そうなんですね。良かったです……」
私が胸を撫で下ろしているのを見て、王女殿下が申し訳なさそうに言う。
「紛らわしい言い方してごめんなさいね? まさか流しの精霊使いがいるとは思ってもみなくて。一体どうやって契約の仕方とか知ったの?」
「あ、この子達に直接教わって……」
「へー、そんなパターンもあるのね!」
確かに夜会に行く前の馬車の中で、カイヤが『隣国の方が精霊が見える人間が多い』と言ってはいたが、カーミラ王女殿下がまさにそうとは驚きだ。
しかも『精霊使い』なんて言葉がある位、アウストブルクでは精霊の存在は受け入れられているのだろうか?
色々聞いてはみたいけれど、国家機密に引っかかる事があるのかと思うと少し怖い。
「王女殿下、宜しければ機密に関わらない範囲で精霊について教えて頂けませんか? ご存知かとは思いますが、我が国では精霊についての伝承が極端に少ないのです」
旦那様が私に代わって聞きたい事を聞いてくれた。有り難い。随分と痒い所に手の届く旦那様に成長してくれたものだ。
私が感謝の気持ちで旦那様を見ていると、振り返った旦那様と目が合った。すると旦那様はふんわり優しく微笑んでくれる。最近はこれが当たり前で、出会った頃の仏頂面の方が嘘の様だ。
もし今、旦那様が私に微笑みかけてくれなくなったら? そんな事を考えた途端、胸がズンッと鉛を飲んだかの様に重くなった。
……これは結構、ヤバいかもしれない。
「もちろんいいわよ。そうね、アウストブルクでも精霊が見える人間は数少ないわ。ただ、フェアランブルとの1番の違いは、国民の殆どが『見えなくても精霊の存在を信じている』って事ね」
王女殿下が話し始めたのに気付いてハッとする。
いかんいかん、大事な話だ。心して聞かねば!
「うちの国は宗教の自由が認められている多宗教国家なのだけど、精霊教や、そこから派生した宗教の信者が1番多いの。多分その辺の影響もあるのでしょうね」
凄い。本当にフェアランブルとは全然違う。精霊の存在が普通に受け入れられている感じだ。
「そんな下地があるから、精霊が見える数少ない人間はとても尊重されるわ。その数少ない人間の中で更にほんの一握り、精霊との親和性が高くて精霊に選ばれた者だけが精霊使いになる事が出来るの」
「精霊が見える人間に、何か共通点の様な物はあるのですか?」
「家系的に見えやすい家もあるみたいだから、血筋は関係すると思うわ。ただ、たまにポッと何の関連性も無い所に親和性が凄く高い子供が産まれてきたりするのよ。うちの国ではそういう人間の事を『精霊の愛し子』と呼んでいるわ」
精霊の愛し子……。その言葉に、いつも精霊に囲まれていたお母さんを思い出す。お母さんも、もしアウストブルクに生まれていれば大切にして貰えたのかな。
それにしても、隣り合った国同士で精霊に関する考え方がこうも違うのは何故だろう。
「あの、何故こんなにもアウストブルクとフェアランブルで精霊に対する考え方が違うのですか?」
「そうね……。それに関しては多少憶測が混ざるのだけど良いかしら?」
私が黙って頷くと、王女殿下はそのまま話を続けてくれる。
「実は、元々はフェアランブルはアウストブルク以上に精霊との結び付きが強い、とても栄えた国だったの。何百年も昔の事になるけれど、2国の間にはもう一つ別の国、『フェイヤーム』と呼ばれるとても小さな国があったのよ。フェアランブルが精霊に見放されて衰退していったのは、このフェイヤームの滅びのきっかけを作ったせいだと言われているわ」
フェイヤーム! 『精霊に愛されし国』か!
私と旦那様は思わず顔を見合わせる。
「フェイヤームは、やはり実在した国なのですか?」
「ええ、それに関しては間違いないと思うわ。うちの国では普通に教科書にも載っている事よ」
以前旦那様に教えて貰ったフェイヤームという国は、実在するかも怪しい伝承上の存在だった。成り立ちからして、『人間と恋に落ちた精霊のお姫様が人間界に顕現して国を起こした』といういかにも物語的なものだったのがそれに拍車をかけていたのだが、じゃあそれも……?
「精霊のお姫様が国を起こしたというのは……」
「それに関しては諸説あるのだけれど、今のところそれが通説になっているわ。その方が色々と辻褄が合うのよ」
なんと。凄いロマンティックな話があったもんだなー。
「それで、フェアランブルがフェイヤームの滅びのきっかけになったというのは?」
「それに関しても、もちろん諸説あるのだけど。簡単に言うとまぁ、フェアランブル王家の人間が精霊姫の末裔であるフェイヤーム王家の姫に懸想して、強引に娶ろうとしたっていう……」
「「…………」」
……マジ何をしているんだフェアランブル王家……
もはや私の中での自国の王家に対する好感度は0に等しい。
「それで、怒った精霊王が精霊姫の末裔の姫を精霊界に呼び戻して、フェイヤームの民は散り散りになったとされているの。精霊界について行った者もいれば、そのままその土地に残った者もいたけれど、多くの民はアウストブルクに逃げて来た。アウストブルクにいる家系的に精霊が見えやすい者は、この時逃げて来たフェイヤームの民の末裔なのではないかと言われているわ」
なんか凄く納得がいく。そりゃフェアランブルが精霊に見放される訳だ。
「では、フェアランブルに精霊に関する情報が極端に少ないのは……」
「憶測にはなってしまうけれど、自分達の国にとって不都合だから隠したんじゃないかしら? そして、今となっては本当に忘れてしまったんだと思うわ」
それが真実なら心底呆れた話だな、と何だか遠い目になった。
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