第72話 国の命運をかけた恋と精霊使い


 王女殿下はゆっくりと紅茶を飲むと、ニッコリ微笑んでからこう言った。


「だって、つまらないじゃない。陛下のお願いを聞いて、じゃあ良いですよって婚約するなんて。私、アレクと結婚するのなら、きちんとアレクの口で口説いて欲しいわ」


 ……あ、そういう?


「お、王女殿下、義妹と義弟の前です。それ位でお許し下さい」

「そう? ふふっ、国の命運がかかっているのよ? しっかり口説いてね?」


 ふおぉぉぉ! カッコいい!! 

 これ、自分に絶対的な自信がないと言えない奴!!


 仮に私がこんな事言ったりなんかしちゃおう物なら、『恥ずか死ぬ!!』と仰け反る自分と、『ど、どう口説けばいいのだ!?』とおたおたする旦那様の姿しか思い浮かばない。国終わったな。



「で、ではそれに関してはアレクサンダー殿に頑張って頂くとして。他には……」


 旦那様が何とか部屋の空気を戻す。


 そうだった。まだ確認しなければいけない事がある。


「お義兄様、クリスティーナの事なのですが……」


 クリスティーナは私からすると悪意の権化みたいな存在だが、お義兄様からすれば可愛い実妹だ。


 ちょっと聞きにくいけれど、ここでプチッとやっとかないと、奴は絶対にまた何かしでかす。


「うん。殿下の口からクリスティーナの名前も出たからね、ちゃんと聴き取り調査はされたよ。ただ、殿下の言い分とクリスティーナの言い分で食い違ってる部分も多いんだ。今は公爵家で謹慎という事になってる」


 さすがにそう簡単には認めない、か。


 実際問題クリスティーナが夜会でした事と言えば、自らワインを被って退場しただけだ。

 それはそれでみっともないが、処分を受ける様な物ではない。


「ただ、公爵家には今、それと関係してもう一つ別の嫌疑がかかっている。

……アナスタシア、君への虐待嫌疑だよ」


「「!!」」


 私と旦那様が同時に息を飲む。


 まさか、今更このタイミングでこの問題が蒸し返される事になるなんて夢にも思わなかった。

 ……というか、絶対闇に葬り去られる物なのだと思っていた。


 まぁ、個人的にはいつかやり返してやろうとは思ってるけど。



「アナスタシア、すまなかった」


 突然お義兄様が私に向かって深く頭を下げる。


「この話をする前に、一度きちんと謝らないといけないと思っていたんだ。知らなかったとはいえ……いや、知ろうともせずに、アナスタシアに辛い思いをさせていた事、本当にすまない」

「そんな! お義兄様は悪くありません、頭を上げて下さい!」

「うん、ごめんね。こんな風に謝られてもアナスタシアは困るかな、とも思ったんだけど、どうしてもけじめを付けさせて欲しかったんだ」


 そう言って苦笑いをしながらお義兄様は頭を上げた。


 お義兄様の立場も苦しかっただろうに、何と言葉を返していいのか分からない。


「近い内に、アナスタシア本人にも聞き取り調査があると思う。……辛い事を思い出させてしまう事になるかもしれないけれど、大丈夫かい?」

「あ、それは大丈夫ですね。むしろされた事ははっきりしっかり覚えてますんで、全部バッチリ報告出来ますよ!」


 私の返答にお義兄様と旦那様が拍子抜けした様な顔をしているけれど、今更そんな。

 私そんなにヤワじゃありませんったら。


「あ、ああ……そうなのかい?」

「はい! いつか絶対やり返してやろうと思ってたんで!」


 それを聞いて、今まで静かにやり取りを見守っていた王女殿下がプッと噴き出した。


「アハハ! やっぱハミルトン伯爵夫人最高!! ねぇ、そろそろ私の方の話もいいかしら? 実はさっきから私のパートナーが、ハミルトン伯爵夫人に挨拶したくてウズウズしてるの!」



 ……パートナー?



 私と旦那様が意味が分からず困惑していると、目の前でポンッと光が弾け、中からキラキラ輝く小さな影が現れる。


 ……精霊!?


 私達の前にふよふよと飛んで来たのは紛れもなく精霊だった。

 でも、伯爵領にいた精霊さん達ともフォス達とも、明らかに何かが違う。


『はじめまして、アナスタシア様、ユージーン様。わらわは、カーミラの契約精霊でユーフォリアと申します。どうぞ気軽にリアとお呼び下さい』

 

 凄いしっかりした挨拶された!!


「アナスタシア・ハミルトンです、アナでどうぞ!」

「ユージーン・ハミルトンだ! そこはユージーンでお願いしたい」


 思わず私と旦那様も立ち上がってペコリと挨拶する。


「あ、いいなー、リア! ねぇハミルトン伯爵夫人、私もアナって呼んでいい?」

「え? あ、はい、もちろんどうぞ!」

「あなた達のお名前も教えて貰っていいかしら?」


 カーミラ王女殿下がそう声をあげると、何処からともなくフォスとクンツとカイヤがふよふよ飛んで来る。


『アナー、お名前教えていいの?』

「え?……うん、いいよ。ご挨拶して!」


 一瞬戸惑ったが、先にカーミラ王女殿下の契約精霊さん? が名乗ってくれたのだ。

 こちらも名乗るのが筋という物だろう。

 

 フォスとクンツとカイヤは、ちょこんとテーブルの上に一列に並ぶとペコリとお辞儀をした。


『フォスです!』

『クンツだよー』

『カイヤと申します』


 カーミラ王女殿下は、3人の精霊を見ると目をキラキラと輝かせる。


「か、可愛いー! まだ契約したてなのね? 一度に3体の精霊と契約するなんて、アナは凄い精霊使いなのね!」


 ……精霊、使い?


「王女殿下、精霊使いとは何ですか?」

「え、違うの? あらやだ、私国家機密をペロッと喋っちゃったわ。……ま、いいか」



 よ、良くないですー!! 

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