第71話 事の顛末

 先触れを受け、玄関でお義兄様とカーミラ王女殿下の到着を待つ私と旦那様の前に、フェアファンビル公爵家の家紋が入った豪華な馬車が停まる。


 お義兄様にエスコートされて降りてくるカーミラ王女殿下は、オープンショルダーの黒いタイトなドレス姿だった。


 公式の訪問では無いので、少しだけドレスアップした姿なのだろう。高貴なオーラが半端ない。


 王族とはかくあるべき! という模範を見た思いだ。


 どこぞの品性下劣王太子とは格が違う。


 一歩前に進み出て、旦那様が歓迎の挨拶をする。


 改めて考えてみると、ここにいるのは隣国の王女殿下に筆頭公爵家の嫡男、それに国有数の資産家の伯爵なのだ。凄すぎん? 


 元一般庶民の私が民衆気分で見惚れていると、王女殿下とパチリと目が合った。と、途端にガバリと抱き付かれる。


「会えて嬉しいわ! ハミルトン伯爵夫人。あなた最高よ!」


 おおおおお?


「王女殿下、妹が驚いております。ごめんね、アナスタシア。アウストブルクの人ってみんなちょっと距離感が近いんだよ」

「そう? 国際的スタンダードはこっちよ? 勿論他国の文化を否定する気は無いけれど」


 目の前で繰り広げられるフランクな会話に、肩の力が抜けていく。


「さぁ、立ち話もなんですから、どうぞ中にお入り下さい」

「ありがとう、ハミルトン伯爵。晩餐までに時間がある様なら、先に話を済ませてしまおうか?」

「ええ、そのつもりです。サロンにお茶の用意がしてありますから、まずはそちらに」


 私達は軽い雑談をしながらサロンに移動して、お茶の用意をして貰ってから人払いをした。


「さて、何から話そうかな。何せ昨日はあまりに沢山の事があってね。……2人から始めに聞いておきたい事とかはあるかい?」


 私は、旦那様と顔を見合わせた後、おずおずと右手を挙げる。


「あの、宜しいでしょうか?」

「うん、何だい、アナスタシア?」

「私、畏れ多くも、その、王太子殿下の事投げ飛ばしてしまったのですが……あれ、大丈夫ですかね?」


 それを聞くと、向かい側の1人掛けのソファーに座っていた王女殿下がプッと噴き出す。


「大丈夫、大丈夫! あれ、本当に傑作だったよね! もう私、良いもの見せて貰ったわー! って気分になっちゃって。アウストブルクから出て来た甲斐があったわ」


 そんな大した物はお見せしてないのだが、思えば確かに一国の王太子が一介の夫人に投げ飛ばされる等、見ようと思って見れる物でも無いだろう。


「うん、それに関しては安心していい。恐らくこれから先もこの件が蒸し返される事は無いよ」


 なるほど。王太子サイドにしたって情けないよね、こんな話。無かった事になる訳ですね。


「折角の武勇伝なのにね!」


 王女殿下が口を尖らせて文句を言っている。可愛らしい方だな。

けど、武勇伝はいりません、平和が一番。


「アルフォンス王太子殿下との婚約は無くしたわ。お陰様でいい手札カードが一杯手に入ったから助かっちゃった。お礼に、伯爵家そちらには何も咎が行かない様に話は付けたから安心してね」


 そう言ってニッコリ笑う王女殿下。サラッと重大発言してたけど、その婚約って無くして大丈夫な物だったのだろうか?


「あの、私がこんな事を聞くのも烏滸がましいのですが、大丈夫なんでしょうか? 国同士の結び付きとか……」

「フェアランブルは困るでしょうね。王太子殿下との婚約だって、あちら側から頼み込まれた物だったのよ? あ、今更だけど、ここで話した事は全部、ここだけの話でお願いね」

 

 私と旦那様はコクコクと頷き、お義兄様は諦めた様に笑っている。


「隣国に荒れられると、結構困る物なのよ。フェアランブルの梃入れの為に私が嫁ぐのもアリかなって思ったんだけど、肝心の相手がアレじゃあねぇ……」


 そうですよねぇ。アレですもんねぇ。


「という訳で、国の命運をかけた大事な婚約をぶち壊したアルフォンス王太子殿下は、廃太子になったわ」


 これまたサラッと重大発言を!!


「お、お待ち下さい。フェアランブルには、アルフォンス王太子殿下以外、王位継承権を持つ者はいないはずでは? その殿下を廃太子となると……」

「側妃殿下が、男児を御出産されたんだよ」


 なんと! 確かに最近、側妃様は体調不良でご公務を休まれてたけれど、ご懐妊されてたのか……。


「私からすると、その発想も古いんだけどね。フェアランブルには、アルフォンス殿下の妹王女のセレスティア殿下もいらっしゃるでしょう? 近隣諸国で女性に王位継承権が無いのなんて、フェアランブル位のものよ?」


 そうなのか……。国内の政治や経済に関してはそれなりに学んで来たつもりだったけれど、思えば他国については詳しく学んだ事が無かったな、と改めて気が付く。


 そもそも、学舎でもあまり他国については教えないのだが、もしかしてこれはこの国の方針だったのだろうか?


「うん。それについても、これから改正案が出されていくと思うよ。何せ生まれたばかりの第二王子殿下が立太子なさるとすれば、それなりに年月がかかる。それまでに法が変わって女性にも王位継承権が与えられる様になれば、セレスティア殿下が立太子なさる未来もあるかもしれない」


 おおっ!? 確かセレスティア王女殿下はフェアファンビル公爵家とはまた別の公爵家の嫡男とご婚約されていたはずだ。もしセレスティア殿下が王位に就くとなれば、その公爵家の嫡男が王配になるという事……?


 こ、これは……どちらにしても国内のパワーバランスが相当に変わるはずだ。


 とんでもない情報をいち早く掴んでしまったが、こうなってくると、国外の問題の方も気になって来る。


「国内の問題はとりあえずそれで良いとして、アウストブルクとの縁が繋げなくなった件についてはどうなるのですか?」

「そ、それは……」


 急にお義兄様がゴニョゴニョと口籠る。


「陛下からは、代わりに筆頭公爵家の嫡男との縁組みを懇願されたわ」


 

 筆頭公爵家の嫡男って……お、お義兄様!?



「もちろん、お断りしたけど」



 瞬殺で振られたーーー!!??

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