第64話 絶対的権力 vs 人ならざる物の力
「殿下! 急に部屋に入って来られるなんて、いくらなんでもおやめ下さい」
入って来たのが王太子殿下だと分かり肩の力を抜いたお義兄様と、むしろ警戒感を増して私の前に立ちはだかる旦那様の行動が対照的だ。
しまった。さっき会場で言われた事をまだ伝えてない。
流石にお義兄様も旦那様もいるこの場で妙なマネとかして来ないよね……?
旦那様は私を殿下の視界にも入れたく無い様で、お義兄様と殿下が話をしている間も微妙に位置を変えつつ私の前に立っている。
過保護だ。しかし今はその過保護がありがたい。
旦那様、変わったなぁ。
旦那様の背中を見ながらしみじみ思う。
やはり試用期間というのは人を成長させる物なのだろうか。領地に戻ったら、何かそういう制度を取り入れてみようかな……。
「とにかく、私1人の時はまだしも、今日の様に客人がいる事もあるのです。返事があるまで入室はご遠慮下さい」
「ちゃんとノックもしたのに、アレクは細かいな。君もそう思わないかい? ハミルトン伯爵夫人」
殿下は突然私に話を振ったかと思うと、ヒョイッと旦那様の横から私を覗き込んできた。
ああ、今だけ限定で旦那様の横幅が2倍欲しい。
「アレクサンダーお義兄様は、細やかな気遣いの出来る優しいお義兄様ですわ」
控えめな笑顔で、微妙にズレた返事をする。
こういう、話を弾ませたくない相手との会話ではズレた返事は効果的だ。あからさまに話題を逸らしたり拒否すると反感を買うので、あくまで空気が読めない風ににこにこしておく。
「ふうん……」
殿下はつまらなそうに呟くと、先程までお義兄様が座っていた私の向かいのソファにドカリと腰掛けた。
こう至近距離に来られると、流石は王族。威圧感が凄い。しかも無遠慮にジロジロ見られ、居心地が悪い事この上ない。
こうなってしまえば流石に私と殿下の間に割って入る訳にもいかず、旦那様が悔しそうに拳を握りしめているけれど、大丈夫ですよ、旦那様。
『ちょっとー、この人、アナの事いかがわしい目で見過ぎじゃない?』
『目、潰しとく?』
『ついでに急所もいっとこう』
クリスティーナとの防衛戦からそのままふよふよ付いて来た精霊達が、物騒極まりない発言をかます。
今の段階でそれは過剰防衛だからやめなさい。
旦那様が精霊達の言葉を受けて、握り締めていた拳をそっとサムズアップの形に変えた。
だからやめなさいって!
「ふふ、何をそんなに考え込んでいるんだい? ハミルトン伯爵夫人」
あんたの急所の心配だよ!!
私の気も知らず、相変わらず殿下が舐める様に私を見て来る。やめろ。その行いはいつか自分の身に返るぞ!
それにしても、特に私の髪を見る目が尋常じゃない気がするのだが、何なのだろう。金髪フェチとか?
「殿下、もしや妻のドレスにご興味がおありですか?」
旦那様が、ギリギリ引き攣って見えなくもない笑顔で殿下に話しかける。
うん、遠回しに何見てんだゴラァって事ですね。分かります。
「ああ、素晴らしいドレスだね。あの短期間でこんなドレスが用意出来るなんてハミルトン伯爵家の財力を甘く見てたかな? しかも……ふふ、随分と独占欲丸出しのドレスだね」
何とも返事に困る返答だ。
「これはお恥ずかしい。何せ新婚な物で、お目溢しを頂けるとありがたいですね」
そう言うと旦那様はまた私の腰をグイッと抱き寄せる。
おおっ! 流石の伯爵様対応! つい忘れがちだけど、旦那様だってこの若さでちゃんと伯爵家の当主やってるんだもんね。うんうん。
私がそのままニコニコと旦那様に寄り添っていると、殿下の雰囲気が悪い方へと変わっていく。
「あぁ~あ。まったく誰だ、ハミルトン伯爵は平民育ちの奥方に興味など無いと言っていたのは」
そうつまらなそうにぼやく殿下は、それでも私から目を離さないのだが、そこに何だか執着めいた物を感じて気持ちが悪い。
「まぁ良い。媚び諂って献上される物には飽きてきたのも確かだ。相手が嫌がる物を奪い取るのもまた一興」
おいおいおいおい、マジか王太子。
「ねぇ、ハミルトン伯爵。君の奥方、私にくれないかい?」
ギリッと歯を食い縛る音が微かに隣から聞こえる。
ヤバい、旦那様がリミットブレイク寸前だ。
旦那様、ここは我慢! 我慢です!
心の中でそう唱えながら、旦那様の手をキュッと握る。
「ご冗談はおやめ下さい、殿下。妻は物ではありませんし、殿下には素晴らしい婚約者の方がいらっしゃるではありませんか」
偉い!! 額に青筋は浮かんでるけどよく耐えた!!
「冗談を言ったつもりは無いが? 大体、察しの良い貴族であれば、私が『ドレスを贈ろう』と言った時点でこちらの意を汲むべきだろう」
おぉ、やっぱりあれはそういう意味だったのか。
控えめに言って最低だな! 貴族社会コワイ。
「その上でお断りを致しました。こちらの気持ちは伝わった物と考えておりましたが?」
旦那様も一歩も引かない……けど、これ大丈夫なの? 貴族として……。
たかだか伯爵家が王家に逆らうのはどう考えても良くない気がする。
例えこの場は精霊の力を借りて乗り切ったとしても根本的な解決にはならない。
「殿下、そこまでにして頂けませんか?」
今まで事の成り行きを静かに見守っていたお義兄様が口を開いた。
———アレクサンダーお義兄様!!
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