第55話 きっと、旦那様なら

 翌日、朝食の後にようやく邸のみんなにドレスをお披露目する事が出来た。

 

 その素晴らしい出来栄えにサロンは感嘆の声で溢れる。


アイリスやデズリーは目を輝かせてウットリしているし、ダリアは誇らしげに凛と立ち、マリーは手が心配になる程拍手をしている。私はミシェルが小さくガッツポーズを取ったのも見逃さなかった。


 みんながこんなに喜んでくれると何だかこちらまで嬉しくなって来るのだが、その分『領地でドレス作りのお手伝いをしてくれたみんなにも、完成したドレスをお披露目したかったなぁ』という残念な気持ちを思い出してしまう。

 

 実は、完成したドレスを見た時、あまりの素晴らしさと手伝ってくれた領民への感謝の気持ちで、ドレスのお披露目をしたいと思ったのだ。


 しかし、みんなに相談したら残念ながらそれは無理だと言われた。


 夜会の前に大勢の人間の前でドレスを披露してしまうと、そのドレスは最早『夜会の為の新しいドレス』では無くなってしまうらしい。


 むー、お貴族様社会は面倒だなぁ。


「奥様、こんな素晴らしいドレスを前に浮かない顔をされて、どうかなさいましたかな?」


 そんな私の様子に目ざとく気付いたセバスチャンが声をかけてくれた。心配かけてごめん。


「大したことじゃないのよ。領地で、このドレスの為に沢山の方が協力してくれたの。だから、こんな風に領地でもドレスのお披露目をしたかったなって、少し思ってしまって」


 それを聞いただけで、みなまで察したのだろう。セバスチャンは頷くと少し考えてこう言った。


「夜会が終わった後でなら問題ないのではありませんか? 思えば領主が結婚したというのに、領地で大々的に発表などもしておりません。そちらのドレスを着て、成婚記念式典など開かれてはいかがでしょう?」


 げ。余計な事言った感が半端ない。


 嫌な予感がして隣を見ると、案の定旦那様が目をキラキラと輝かせていた。


「それは素晴らしいアイディアだな! 流石セバスだ!!」


 まさかの旦那様の反応に、むしろ驚いているセバスチャンがちょっと面白い。


 そういえば、王都の使用人達はニューボーンユージーンの誕生を知らないもんね。そりゃびっくりするよね。


「それならいっそ、成婚パレードとかどうですか? 領民の皆さんが公平に見れますよ!」


 マリィィィーー!!


「それだ!!」


 だまれ! ニューボーンユージーン!!


 『もう婚姻から大分時間もたったし、今更成婚記念も変じゃないかしら』とか、『今回お披露目したいのはあくまでドレスだから、領営の美術館に展示するのはどう?』とか、色々と足掻く私をよそに、何故か凄い勢いで成婚記念パレードは可決してしまった。


 うわーん、異議あり! 異議ありー!!


 旦那様を捕まえて何とかパレードを撤回してもらおうと思っていたのに、旦那様は昼食を終えると学生時代の仲間が集まるというサロンへとさっさと出掛けてしまった。


 あれだけチョロチョロと私の周りにくっついていたのに、何だかちょっと拍子抜けだ。


 今まではあまり気にした事がなかったけれど、サロンって一体何をしに集まる所なのだろうか?


 まぁ、私もこの後は美容三昧フルコース王都バージョンが始まる訳なのですが……ね。



 夕食時、折角なので帰って来た旦那様にいつもサロンで何をしているのかを聞いてみる事にした。


「旦那様はよくサロンに行かれている様ですが、一体どんな活動をしているのですか?」


 昔の旦那様なら、あまり詮索する様な質問は嫌そうにしていたのだが、今はむしろ嬉しそうに答えてくれる。


「ああ、アナには話した事が無かったな。学生時代の仲間と、それぞれの研究について発表したり考察しあっているんだ。仲間の中に民族の歴史や精霊についての研究をしている者もいてな。今日はその資料を貸して欲しいと頼んで来たのだ」


 ……さっさとサロンに行っちゃったと思っていたら、そんな事の為に行ってくれてたのか。ちょっと不満を感じていた自分が申し訳ない。


「それに、サロンのメンバーはそれぞれのパートナーを伴って明後日の夜会にも来るからな。アナの事を宜しくと伝えておきたかったのだ」


 旦那様に……そんな気遣いが出来る様になっただなんて!


 重ね重ね不満を感じた自分が申し訳ない。

 旦那様、成長したなぁ。


 ふと見ると、セバスチャンとミシェルが感動のあまり口を押さえ、目には涙さえ浮かべてプルプルしている。


 いや、感動のし過ぎで逆に失礼かよ!


 心の中でそう突っ込むものの、思わずクスッと笑ってしまった。



 夜。昨日と同じ様に続きの間で旦那様とお茶を飲みながら話をする。領地で生まれたこの習慣は、王都でも続いていた。


「旦那様、実はご相談……というか、お願いがあるのです」

「何だ? アナの願いなら全力で叶えるぞ!」

「夜会の時に、チャンスがあればで良いのですが……アレクサンダーお義兄様と話をする時間を作って頂きたいのです」


 ずっと迷っていた事だが、この機会に私は旦那様に話しておく事にした。誰を信用して良いのか分からず、誰にも話せなかったこの話を。


 旦那様なら……少なくとも、きっと私を裏切る事はしないから。


「理由を聞いてもいいか?」


 私の張り詰めた空気を感じたのだろう。旦那様も真剣な目をして聞いてくれた。


「以前、ペンダントの魔石の話をした時に、私が『両親は行方知れずになっている』という言い方をしたのは覚えてますか?」

「ああ、勿論覚えている。周りからは死んだんだと言われている、とも言っていた」


 ちゃんと覚えてくれていたんだな、と思うと少し嬉しい。


「はい。両親は死んでないと私が考えているのには、きちんとした訳があるのです。……少し長くなると思いますが、聞いて貰えますか?」


 私がそう尋ねると、旦那様は黙って、でもしっかりと頷いてくれた。フォスとクンツとカイヤもいつの間にか旦那様の隣にちょこんと座っている。


 ありがとう、みんなも聞いてくれるんだね。


 私は、大きく深呼吸すると話し始めた。


 両親が突然いなくなったあの日。


 一体何があったのかを———

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