第54話 精霊との契約
王都の伯爵邸の私室は、『懐かしい』という気持ちと『ああ、こんな感じだったな』という他人事の様な気持ちが半々位だった。
結構久しぶりに帰ってきた訳だが、そもそもここに馴染む前に領地へ行ってしまったのだから仕方ない。
本当は邸のみんなに領地で仕立てたドレスを披露したり色々な話もしたかったけど、馬車が着いたのがもう夕方。今日はゆっくり休むのが最優先という事になった。
何せ夜会は3日後なのだ。疲れを顔に残す訳にはいかない。
しかも、今日はどうしても寝る前にしておきたい事がある。
私が1冊の分厚い本を抱えて続きの間に入ると、既に旦那様はソファーに腰掛けていた。
「お早いですね、旦那様。すみませんお待たせしてしまいました」
「いや、私が早く来過ぎたんだ。一秒でも長くアナと一緒に居る為には、私が早く来ていた方がいいだろう?」
今宵もニューボーンユージーンは絶好調だが、人間とは恐ろしい物で、私の方も段々とこの状況に慣れて来た。
私、適応能力高いので!
「そうですね。では時間を無駄にしない為にも早速始めましょうか」
そう言って私がテーブルの上に持参した本を置くと、3人の精霊達がふよふよと寄って来る。
『すごーい! 宝石ってこんなに種類があるんだね!』
『ここからなら、いいお名前が見つかりそう!』
『僕、いちばんキラキラなの探すー』
そう、私が持って来たのは宝石辞典。
これからいよいよ精霊達の名前を決めるのだ。
名前を決めるのになぜ宝石辞典なのかというと、話は遡る事2日前、まだ馬車で移動をしていた時の事だ。
私は一生懸命考えた名前をことごとく拒否され、もうハートがズタボロ状態だった。
うぅぅ……『シューティングスターダスト』とか『ジュゴン』とか格好いい系だし、『リボン』とか『フリル』とか可愛い系でいいと思ったんだけど……。
何かもう、精霊達が私を何か恐ろしい化物でも見るかの様な怯えた目で見ている。
このままでは私はこの子達に、
「あの、いっそ旦那様が考えた名前を私が付ける……とかはどう?」
『えー、それだと誰との契約かわかんなくない?』
『それ以前に、《ニューボーンユージーン》とか言ってる時点で、僕ちょっとユージーンにも不安があるんだよね』
「…………」
それは私もちょっと思った。
「……コホン。ちょっといいか? そもそも、一から名前を付けようとするから大変なのではないか?」
「どういう事ですか?」
「何かテーマを決めて、それにちなんだ名前を考えるとかすればやりやすいのではないか?」
……なるほど。その発想は無かった。
確かにそういう名付け方をしてるのはよく見かけるし、私みたいにちょっとセンスがアレな人にはいいかもしれない。
『それなら、ぼく宝石がいいな!』
『キラキラ石、僕も好き!』
『伯爵領に宝石鉱山があるのも縁を感じるし、いいと思う』
宝石かぁ、確か前に勉強した時の宝石辞典が王都の伯爵邸にあったはずだし……。
「よし、じゃあ王都に帰ったら、一緒に宝石辞典を見てお名前考えよう!」
『『『わーい!!』』』
———で、現在に至る訳である。
『僕この、《フォスフォフィライト》がいいな! うすーい色でキラキラしてるの』
フォス……何て!?
いきなりめっちゃ呼びにくそうなの選んだな!
選んだのは、この前の仮契約の話をした時に飛ぶのが早くなったかも? と言っていた子だ。
『ねぇアナ、試しに呼んでみて!』
「ふぉ、ふぉすふぉ、ぅうん! フォスフォフォフィライト!」
『フォが多い』
ブフっと旦那様が吹き出して肩をプルプルさせている。失礼なんですけど!? 初見では難しかろうよ、この名前。
「もう! そんなに笑うなら旦那様も言ってみて下さいよ!」
「くっ……すまない、ぶふっ、その、一生懸命なアナが可愛くてだな、つい」
旦那様はふーっ、と息を吐いて笑いを落ち着けると、宝石辞典に目を落とす。
「なになに? フォス…フォ、ふぃ? 確かに呼びにくいな。よし。
フォ、フォ、フォ……」
『仙人か!』
ブッフォ! 駄目だ。まさかの精霊のツッコミに今度は私の方が耐えきれなかった。
「アナだって笑ってるじゃないか!」
「不可抗力です! 大体旦那様が……」
と、2人で少し言い合いになる。
『ヘイ、そこの新婚夫婦! 真面目にやってよ!』
「「すみませんでした」」
『宝石の正式名称じゃなくてさ、それにちなんだ名前にするんだから、呼びやすい様に縮めたりすればいいんだよ』
3人の中の少し青っぽい子に諭された。この前、仮契約して伝えるのが上手くなった気がすると言っていた子だ。
多分だけど、この子契約したらめっちゃ賢くなると思う。うん。
「なるほど、じゃあ、《フォス》……とか?」
『いいね! ぼく、それにする!!』
『まってまって! みんなお名前決まってから、一緒に付けて貰おうよ。アナ、ぼく、これ!』
3人の中だと、少しのんびりした喋り方をする暖色系の子が選んだ宝石は『クンツァイト』だった。
「クンツァイト……じゃあ、《クンツ》?」
『うん!!』
「最後は僕だね、アナ、僕はこれにするよ」
最後の青い子が選んだのは『カイヤナイト』という、深みのある青色が美しい宝石だ。
凄いな、偶然なのかちゃんと分かる物なのか、私が何となく感じてた色とみんなが選んだ宝石の色が一緒だ……!
「カイヤナイト……『カイヤ』だね?」
『うん、そう呼んでよ!』
3人の名前が決まった。ついに契約の時だ。
「普通に名前を呼べばいいのね?」
『うん、そうだよ!』
『アナ!』
『おなまえ呼んで!』
私はゆっくりと深呼吸をすると、3人の精霊の名前を呼んだ。
「フォス! クンツ! カイヤ!」
『我、その名を受け入れる。我が名はフォス!』
『我、その名を受け入れる。我が名はクンツ!』
『我、その名を受け入れる。我が名はカイヤ!』
3人の精霊がそう応えると、部屋の中が眩い光に満たされる。
光が収まると、その中心にいた3人の精霊は今までより姿形がしっかりとしていた。色も今までよりはっきりしている。
3人は、目を開けると私を見てニッコリと微笑んだ。
『『『これからもよろしくね! アナ!』』』
実はこれが、後にとある国を救い、『三大精霊』と呼ばれる様になる三柱の誕生秘話だというのは……
また、別のお話。
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