第53話 ただいま王都

 王都へと続く道のりを、ハミルトン伯爵家所有の魔道馬車が二台連なって走る。

 

 一台でも目が飛び出る位のお値段する魔道馬車を二台も所有してるなんて、流石にもう驚かないだろうと思っていたハミルトン伯爵家の懐事情にまた驚かされたわ。


「大丈夫か、アナ? 疲れてはいないか? 喉が渇いたらすぐに言ってくれ。マリーから預かったカモミールティーがあるからな」

 

 マリーから託された魔道瓶を見せながら、向かいに座った旦那様が爽やかな笑顔で話しかけてくる。


『お茶もいいけどさ! やっぱりクッキーだよクッキー! ねぇユージーンクッキー出してー』

「いいぞ! アナのクッキーは最高だからな」

『いえーい! ユージーンひゅーひゅー』

『ひゅーひゅー!』


「…………」


 馬車の中は私と旦那様だけなのをいい事に、精霊トリオも寛ぎまくってこちらを囃し立てたりしてくる。

 

 くっ! どんどんと俗世間に染まりおって!!

 もう名前『ト』と『リ』と『オ』とかで良くない?



 旦那様が、『ニューボーンユージーン』とやらになってからもう5日が過ぎた。

 最初は何の冗談かと思っていたが彼は本気らしい。


 自分が何も覚えていない事を洗いざらい白状したのが馬車の旅2日目の事。


 流石に、理由もわからずいきなり変貌を遂げた人間と馬車の中みっしつで、ずっと一緒なのは怖すぎた。


 最初は『覚えてない』というのも気まずくて我慢したのだが、邸に居た時はともかく馬車で2人きりではどうしようもなかったのだ。


 旦那様は最初私が何も覚えてなかった事にガックリと肩を落としていたけれど、『聞いても無かった事にしたりしないか? しないか?』としつこい位に確認して、ようやく説明してくれた。


 曰く、私は旦那様に『本物の夫婦になる為の試用期間』なる物を与えたらしい。


 最近当たりが柔らかくなった旦那様を見て、『円満夫婦をアピールする方に方針転換したのかな?』とは考えたりもしていた。


 しかし、まさか旦那様が私と本物の夫婦になりたいと思っていたなんて思いもしなかった。


 ……やっぱり、それはアレだよね。

 気付いちゃったって事だよね、『跡継ぎ問題』に。


 そう、当初私は旦那様には愛人がいると思って嫁いで来たのだ。その場合、私達が白い結婚でも問題はない。


 愛人さんがきちんと旦那様の血を引いた子供を産んでさえくれれば、その子を書類上の妻アナスタシアの子として届け出ればいいだけだ。


 しかし、旦那様には愛人はいなかった。作るつもりも無いらしい。


 初めにそれを聞いた時は、『ん? それじゃ跡継ぎどうするの?』と思いはした。


 思いはしたのだが、私にとってはその方が何かと都合が良かったのでシレっとそのまま白い結婚へと話を持っていったのだ。


 まさか貴族の当主が跡継ぎについて考えないなんてあり得ないし。私とはほとぼりが冷めたら離婚して、後妻さんに子供を産んでもらうなり親戚筋から養子をもらうなりするんだろう位に考えていた。


 しかし、私はある日気付いたのだ。


『この人、本当に何も考えてなかったんじゃなかろうか』


と。少なくともあの時点では恐らく本当に何も考えていなかった。


 旦那様はちょっと、良くも悪くも貴族の常識では測れない所がある。


 実はいつか跡継ぎ問題に直面する日が来るであろう事は覚悟していて、『いまさら愛人なんて言われたらちょっと嫌かもな……』と思う位には旦那様にも愛着が湧いていたのだが、まさか『私と本当の夫婦になる』という発想の方に行き着くとは思わなかった。


 いや、それがシンプルっちゃシンプルなんだけど……。いやでも、今更……。いやいやいや、えー? でも、いやいや……。



———えぇーい! とりあえず保留!!




 魔道馬車での移動も2度目という事もあり、旅程自体はとても順調だった。


 馬車を停めての休憩では後続の馬車に乗っているマリーやダリアも一緒なので、お喋りしたり街を少し散策したりと楽しく過ごす。



「見ろアナ! 城と街が見えて来たぞ」


 旦那様の指差す方向を見てみれば、確かに遠くに王都の城や建物が見えてきた。

 ……が、ビックリするほど何の感慨も湧かない。


 そのままガラガラと馬車は進んで行くが、やっぱり王都の空気はどうも私には合わない様だった。



「お帰りなさいませ、坊ちゃま、奥様」


 邸の前ではセバスチャンがにこにこと出迎えてくれていた。


 あぁ、セバスチャンの顔を見ると王都に帰って来たーって感じがするなぁ。


 邸に入ると、ミシェルをはじめデズリーにアイリスも玄関ホールで出迎えてくれていたし、私達が帰って来た事を聞いたハンスやナバールも駆け付けて来てくれた。


 王都の街や城には全然何にも感じなかったけど、この邸と使用人のみんなは、ちゃんと懐かしいと感じる。


 それが嬉しくて、『みんな、ただいまー!!』と駆け寄りたくなったけど。


 でもここでは、元気にただいまではないんだよね。


 そう、ここでは。



 「ええ、戻りましたわ」



 そう言って、私は優雅に微笑んだ。




 さぁ、夜会決戦まで——後、3日。

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