第43話 美容三昧フルコース

 次の日の朝、珍しく寝坊してしまった私はマリーに身支度を整えて貰うと急ぎ足で食堂に向かっていた。


 昨日あの後、旦那様から『フェイヤーム』という国について教えて貰ったり、ベッドに入ってからも色々考えてしまったりで中々寝付けなかったのだ。


 私が食堂に入ると、旦那様は先に席に着き紅茶を飲みながら何かの書類を読んでいた。明るい陽が差し込み、髪がキラキラと輝いている。


 ああ、懐かしい。無駄に絵になるこの感じ。


 思わずふふっと笑ってしまうと、旦那様が私に気が付いた。


「おはよう、アナ」

「おはようございます、旦那様。すみません、お待たせしてしまいましたわ」

「いや、構わない。昨日は色々あったからな。疲れただろう」


 それを言うなら、旦那様の方が王都から伯爵領まで馬を飛ばして来たのだ。余程私より疲れていると思うのだけど。


 私がそんな風に思ったのが伝わったのか、旦那様はニッと笑うとこう言った。


「私だってそれなりに鍛えていると言っただろう?」


 ……あ。


 初夜で言った『腕相撲とか勝てちゃうんじゃないかしら』発言に対するあのくだりか。


 あれから早数ヶ月。

 公爵家程ではないにしても、それなりにいびられる覚悟をして嫁いで来た伯爵家。やられたらそれなりにやり返すつもりはあったけど、こんな風に穏やかに過ごせるとは正直思ってなかった。


「今日の予定は決まっているのか?」

「そうですね。まさかこんな事になるとは思っていませんでしたので、予定が決まっているというか大幅に変更したというか……」


 本来であれば、今日はモチモチパンの試食を持って公園に行って、領民達に意見を貰いつつ自領の小麦がいかに美味しいかアピールしてくるつもりだった。


 昨日エイダさん達の織る布に興味がありそうな人材も見つけたのでその辺もリサーチしておきたいし、子供達の意識調査(将来なりたいものはある? 的な)もしたかったのだが、それらは全部マリーが引き継いでくれる予定だ。


 モチモチパンの意見も直接聞きたいし、とベーカーが一緒に行ってくれる事になったらしい。


「とりあえず私は、来たるドレスの採寸と夜会に向けて、暫くは美容三昧フルコースを受ける様です」

「お、おお……女性というのは大変なのだな」


 それは私も思った。




 領地の熟練の使用人達による、全身スペシャルマッサージやら、顔パックやらヘアケアやら爪磨きやら、もはや何をされているのかも分からない全身ゴロンゴロン等されながら、隙あらばミシェルの書の内容を頭に叩き込む。


 途中ドレスの採寸も挟みながらそんな日々を数日続けていると、ピッカピカに磨かれていく私の表面とは裏腹に、私の内側はシオシオと萎れていきそうだ。


 マリーとダリアはそれぞれ順調に自分の役目を果たしてくれている様で、私がゴロンゴロンされているとよく進捗状況を報告しに来てくれる。


 2人ともやりがいのある仕事を任された事を喜んでいる様で、目がキラキラと輝いていた。羨ましい。


 旦那様は、せっかく領地に来たからとマーカスと一緒に領地をあちこち視察しているらしい。しかも馬で。羨ましい。


 そして、気のせいか旦那様が少し領地の経営についても意識を持ち始めた様な気もする。


 それはとても良い事なのだが、今までさっぱり経営に興味が無かった様なのに、何がきっかけになったんだろう?


 ——クリスティーナの変貌アレを見たショック療法だったりして……


 考えてみれば、アレ以来旦那様の態度が少し軟化した気もする。余程ショックだったのかー。女性不信にでもなってなければいいんだけど。



「……聞いているか?」


 ハッとして前を見ると、安定の仏頂面をした旦那様。

 いかんいかん、今は旦那様との朝食の途中だった。


「申し訳ございません、少し考え事をしておりました」

「そうか。顔色は良いし、肌も髪もツヤツヤしているが……その割には元気が無いな?」


 ギクッ! まさか旦那様にバレるとは思わなかった。


 こんな事で元気が無いのを悟られる様では、貴族女性失格だ。


「申し訳ございません。少し慣れない事をする日々が続いておりまして、顔に出てしまった様です。これでは貴族失格ですね。以後気を引き締めます!」

「いや、責めたつもりは無いのだが……。フム、確か今日の午前中は邸に仕立て屋が来て、仮縫いのドレスの確認とデザインの最終決定をするのだったか?」

「はい、その予定です」


 昨日ダリアから話を聞いた時は、


『もう仮縫い出来たの!? 早っ! ドレスって案外すぐに出来るのでは?』


 などと思ってしまったのだが、むしろここからが大変らしい。


 ドレスの肝は、如何に美しいラインを出すか。


 ここからドレスを着る人間に合わせてサイズを微調整し、少しでも美しく見えるラインを模索するのだ。


 そして、細かい刺繍やレースで彩っていく。


 成る程、話を聞けばここからが大変なのだと納得がいった。



「では、午後からは私と街に出かけないか?」

「旦那様と街に、ですか?」

「ああ、ドレスの最終的なデザインも決まるのだろう? 丁度良いタイミングだ。一度装飾品を見に行こう」

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