第44話 それをデートと人は言う
「わぁ! 奥様素敵です!!」
仮縫いのドレスを身に纏った私を見て、瞳をキラキラさせたマリーが興奮気味に声を上げた。
一方ダリアは真剣な表情で仕立て屋さん達と何か話しながら、ミリ単位でドレスのウェスト部分や脇のラインを調整していく。
エイダさんから譲り受けたハミルトン・シルクを使ったドレスは、素人の私にも分かる位に素晴らしい物だった。
優雅な光沢にしなやかな材質のその布は身体のラインを優美に包み、バッスルラインのスカートの膨らみも絶妙に可愛い。
うわぁ、これで完成って言われても全く違和感無い位素敵なドレスなのに、ここからさらに磨きをかけていく訳か。これは頑張らないと、完全にドレス負けするぞ私……。
仮縫いの確認が無事に終わると、今度は場所を変えてデザインの最終決定だ。
私がダリアに連れられて客間に移動すると、既に旦那様がお茶を飲みながら待っていた。
「仮縫いのドレスはどうだった?」
「想像以上に素晴らしくて驚きました。完成がとても楽しみです」
私と旦那様が話している間に、数枚のデザイン画が目の前に並べられた。ドレスの形は皆同じだが、刺繍やレース飾りがそれぞれ違ってどれも印象がかなり変わって見える。
ただ、一つ不思議なのがどのデザインもメインカラーが緑だ。
……何故にそんなに緑??
そう思って隣の旦那様を見て納得する。
成る程、旦那様の色なのか。
貴族の社交界では、パートナーの色を纏う風習があると聞いた事がある。とはいえそれは、仲睦まじい夫婦や婚約者がする事であり、ルールやマナーとは違うとも聞いた。
すなわち、こんな緑の主張の強いドレスは、
『私達、新婚でーす! ラブラブでーす!』
…と、言っている様な物なのではなかろうか?
『旦那様、旦那様』
私は他のみんなには聞こえない位の小声で、隣に座る旦那様にこそっと話しかける。
『凄い緑目立ちますけど、大丈夫ですか?』
『構わん』
一言だけ小声で返事が返って来た。
構わんのか……じゃあいいか。
正直、私としては旦那様と仲睦まじいと思われていた方が社交界での立場は良いのだ。
恐らく魑魅魍魎の類いが跋扈するであろう夜会だ。緑の装備で守って貰おう。
私達は相談の上、一枚のデザイン画を選んだ。
そのデザインは、派手な刺繍は無いものの糸の色にこだわりがあり、スカートの中央部から裾にかけて緑のグラデーションが広がる様になっている。
繊細なレースや、一見すると分からない生地に散りばめられたキラキラ光る宝石の粉等、細部にまで拘り抜かれた一着だ。
デザインを決めた後は、もうプロ達にお任せするしかない。私に出来るのは己のウエストラインをキープする事位だ。気合いとお腹を引き締めよう。
昼食を挟んで、午後は旦那様と装飾品を見に街へ行く事になっている。
街に行くのは久しぶりなので少しワクワクした。
「ふふっ! 奥様、旦那様と初デートですね!」
私の髪を梳かしながらマリーが嬉しそうに言う。
「嫌だわマリー、デートだなんて。夜会の為の装飾品を見に行くのだもの。これも立派なお仕事なのよ? そうだわ、私は装飾品の知識も無いから予習しておかないと……」
そう言うと私はいそいそとミシェルの書の装飾品のページを読み始めた。ミシェルの書の全包囲網羅っぷりが凄い。
「伯爵領に宝石鉱山があると聞いて原石については勉強したのだけど、それを加工して装飾品にするとなると幅が広過ぎて、まだまだ勉強が追いついていないのよ」
鏡越しに、マリーが私を残念な物を見る目で見ているのは気のせいだろうか。
そして午後。
外出の準備も整い、旦那様のエスコートで馬車に乗り込む。思えば、確かに旦那様とこんな風に2人で出かけるなんて初めてだ。
伯爵らしい高貴な装いに身を包んだ旦那様は、綺麗な深緑の髪が今日も絶好調にサラッサラしている。
スッと通った鼻筋に、長いまつ毛のくっきり二重。特別な手入れはしていないはずなのに、日夜ゴロンゴロンされている私と同じ位の艶々お肌。解せぬ。
思わず向かいに座る旦那様をジーッと観察していると、旦那様が居心地悪そうに身じろぎしたので慌てて目を逸らした。私も何だか落ち着かない。
宝飾店での旦那様の振る舞いは洗練されたもので、
『ああ、やはり旦那様は伯爵だったのだな』
と、変な納得をしてしまった。
私はと言えば、いかにもお高そうな宝石達に顔が引き攣りそうになるのを必死に堪えて、お貴族様スマイルを保つのが精一杯だ。
「奥様にはこの様な華やかなイヤリング等がお似合いですわ!」
と、付けて貰ったやたらデカいエメラルドが付いたイヤリングも、『耳がもげる、耳がもげる』としか思えなかった。
何なら私の心の声が漏れていたらしく、隣で笑いを堪えた旦那様がプルプルしていた。悪気は無いので許して欲しい。
『普段使いの物もいるだろうから』と、宝飾品をまとめ買いする旦那様に『ストーップ!!』と叫びたくなったが何とか堪える。
庶民の金銭感覚が抜けない私としては、本当は縋り付いてでも止めたい位だったけど、領地へ来る前にミシェルに言われた言葉を思い出したのだ。
『伯爵夫人として品位を保つ』
『しっかりお金を使って経済を回す』
『領主夫人が自分達の商品を愛用している、という誇りを領民達に与える』
教えて貰った事はちゃんと守ったよ、ミシェル!
何とか店内では伯爵夫人の体裁を守り切った私は、馬車の中ではヘロヘロだった。
以前の旦那様なら『だらしない』とか『もっとちゃんとしろ』とか言いそうな物だが、チラッと旦那様の様子をうかがうと、旦那様は困った様に眉毛を下げて何か考え込んでいた。
やっぱり、旦那様の私に対する当たりが大分柔らかくなったと思うんだけど、ビジネスパートナーとして少しは認めて貰えたのかな?
そんな事を考えながらふと馬車の外を見ると、いつも閉まっている一軒の出店が珍しく開いている事に気が付いた。
「あー!!」
思わず叫んだ私に、旦那様が驚いて馬車を止めさせる。
「な、なんだ!? どうした?」
「あの飴細工のお店! いっつも閉まってるんです!」
以前、一度だけ開いている所を見かけてその細工の可愛さと飴の甘い香りに心惹かれ、次来たら絶対買おう! と心に決めていたのだが、それ以来一度も開いている所を見た事が無かったのだ。
「あぁー、よりにもよって何で今日……」
流石にこの姿で買いに行く訳には行かないよね……と未練たらしく窓から店を覗いていると、突然旦那様が馬車から降りた。
は、伯爵様が降臨しちゃったーー!!
ハラハラしながら見ていると、突然現れた領主の姿に出店の周りはそりゃあもう大騒ぎだ。
馬に乗って馬車に付き従っていた護衛も慌てている。
当の旦那様は平然とした様子で領民に笑顔で手を振り、飴細工を買って普通に馬車まで戻って来た。
「だ、だ、だ、旦那様! 何をなさってるんですか!?」
「うん? 飴細工を買って来ただけだぞ?」
ほら、欲しかったんだろう? と笑顔で飴細工を差し出す旦那様にどんな顔を返せばいいのか分からなくて。
貰った飴細工は、勿体無くて中々食べられなかった。
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