第31話 夜会の知らせ(Side:ユージーン)
(Side:ユージーン)
ある日の事。皆の予想を裏切る事なく、フェアファンビル公爵令嬢が邸に押しかけて来た。
私はいつも通り仲間が集まるサロンに出かけていたので遭遇は避けられたのだが、義姉がいないなら私を出せと言っていたらしい。
何故だ? まさかアナスタシアが言っていた様に、本当に私を狙っているというのか……?
思わずブルっと身震いをしてしまう。
一体、何がどうなればそういう発想に行き着くのか、全くもって理解が出来ない。
アナスタシアを領地に隠しておいて良かった……。
正直、考えの読めない相手ほど恐ろしい物はない。
経緯はどうあれ今はアナスタシアは自分の妻なのだ。そう易々と傷付けさせるつもりはない。
まぁちょっと、その、出だし躓いた感はあるが……アナスタシアが領地から戻って来たら、少し歩み寄ってもいいかなと思っている。うん。
……まだ間に合うよな?
フェアファンビル公爵令嬢の訪問から10日程が過ぎた頃、一通の夜会の招待状が邸に届いた。
隣国に留学していたフェアファンビル公爵令息の帰国を祝う夜会で、主催は王太子殿下となっている。ご丁寧にも宛名は夫婦連名だ。
「夜会の日程は二月後だそうだ。随分と急な夜会もあったものだな」
このタイミングでのこの誘い。どう考えてもアナスタシアを引っ張り出そうとしているとしか思えない。
私がそう考えてしまう位には公爵家と王家の結び付きは強く、フェアファンビル公爵令嬢が王太子に泣きついたのではないかと勘繰ってしまうのだ。
不敬だとは理解していても、思わずチッと舌打ちをしてしまう。何故私はこんなに不快なのだろう。
「アナスタシア奥様を、急ぎ領地から呼び戻さなければなりませんね」
セバスが珍しく焦った声を出す。
隣ではミシェルが青ざめ、アイリスとデズリーも困惑顔だ。
何だ? 確かに急な夜会は困り物だし、アナスタシアを連れて行くのは心配だがそんなに青ざめる様な事か?
「申し訳ございません……。アナスタシア奥様は、夜会に参加出来る様なドレスをお持ちではありません」
「! ドレスか」
今までドレスという物に縁遠かったので詳しくは知らないが、あれは確か一から作るのには何ヶ月もかかるのではなかったか? 確か友人が婚約者にドレスを贈るのに半年前から予約したなんていう話をしていた。
「……間に合うのか?」
「常識的に考えれば間に合いません。人気の仕立て屋ともなれば、数年単位で予約が埋まっている所も珍しくないのです」
「とにかく、伯爵家と付き合いのある服飾関係の店に片っ端からあたってみますわ。アイリス、デズリー、お願い」
ミシェルにそう告げられると、アイリスとデズリーは一礼して素早く部屋を出て行った。
「どこか引き受けてくれる店が見つかるといいのですが」
「アナスタシアを、体調不良で欠席させるという選択肢は無いか?」
公爵令息の帰国を祝う夜会なのだ。
当然公爵も、公爵令嬢も主賓としているだろう。ドレスの問題もあるが、そもそもそんな場所にアナスタシアを連れて行きたくなかった。
「流石にそれは宜しくないかと。陰で何を言われるか分かりません」
「そうか、そうだな……」
王太子と筆頭公爵家を敵に回す。
そんな事をすればこの国でまともに生きていけるとは思えない。
その上、この婚姻は悪い意味で貴族社会の注目を集めているのだ。少しでも隙を与えればそこを突いて来る輩は湧いて出るだろう。
「最悪は、既製品のドレスに手を加える形になるかと思います。新婚の伯爵夫人が、仕立てたドレスを着ていないなど……屈辱です」
ミシェルが悔しげに手を握り締めながら言った。
『最初から最後まで丁寧に扱われた事なんてないですよ』
フェアファンビル公爵令嬢が押しかけて来たあの日。そう言って何とも言えない笑顔を作っていたアナスタシアを思い出す。
もしかして、それも狙いの一つだったのだろうか。
アナスタシアを引っ張り出すだけでなく、貴族社会で恥をかかせたかったのか?
だとしたら、何と意地の悪い。
今回の夜会は、建前上は王太子が親友である公爵令息の帰国を祝う内々の夜会だから過度の装いは不要となっている。
そんなものを間に受けて出席すれば、大恥をかくという訳か。
アナスタシアがその様な夜会に出る為のドレスを持っていない事など、嫁入り道具として持たせなかった公爵家の人間が1番分かっているだろうに。
「とにかく、出来る限りの事は致しましょう。仕立て屋が見つかっても、アナスタシア奥様ご本人がおられなければ、採寸も出来ません。急ぎお戻り頂かないと」
場の空気を変える様にセバスが言う。
ここで私は閃いた。わざわざ採寸しなくても、結婚式のドレスを作った時のサイズ表があるのではないか?
私だって、新しく衣装を新調する時に毎度わざわざ採寸したりはしない。
「セバス、結婚式のドレスを作った時のサイズ表があるのではないか? アナスタシアを待たなくても先にドレスを作り始められるぞ!」
私が、いいアイディアを思いついた! と言わんばかりに声をあげると、ミシェルに無言で首を振られる。
「坊ちゃま、ドレスのサイズというのはとても微細な物でございます。紳士服の様には参りません。……それに、アナスタシア奥様がハミルトン伯爵家に嫁がれてから、健康的なお姿になられたのはお気付きになられませんでしたか?」
そういえば、結婚式の時に『こいつ少し痩せ過ぎじゃないか?』と思った事を思い出す。
『やはり元平民は貧相だな!』などと、今思えば酷い事を考えていたが……
まさか、公爵家で十分な食事すら与えられていなかったのか!?
考えれば考える程、己の無知さと公爵家の悪辣さに頭がクラクラして来た。
「早馬をやるにしても、この時間に王都を出るのは得策ではありませんな。明日の朝一番に知らせを持たせましょう」
「では、その前に出来る事から始めておきますわ。ドレスに合わせる装飾品は……」
愕然としている私の前で、テキパキと動くセバスとミシェル。
……あれ? これ私は、役立たず……ではないか?
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