第30話 3人の精霊と働かない若者
お忍びで出かけられる様になってからという物、私とマリーは毎日のように街に出かけていた。
街の人達の中にも顔馴染みが増えて、みんなとても良くしてくれるのが嬉しい。
そして、実は数日前から私のお忍びのお供に、マリーと護衛以外に3人の精霊が加わっている。
なんと、王都から付いて来た精霊達と再会したのだ!
正確に言えば到着した日からワラワラと遊びに来ていたあの精霊の大群の中にその子達もいたらしいのだが、何せあの人数だ。
私も気が付く事が出来なかったし、向こうもそれを主張して来る事も無かった。
そもそも精霊にはそこまで『個』の感覚という物が無いらしい。
私が王都から付いて来た精霊達に気付けた事も、精霊達の方がとても驚いていた。
確かに精霊はそこまで顔立ちがしっかりしている訳でもなく見分けるのは非常に難しいのだが、何というか、色合いが少し違うのだ。
『見分ける』というより『感じる』と言う方が近いかもしれない。
いつもの様に遊びに来た精霊の中に3人、王都で私を助けてくれた精霊にとても良く似た色合いの子達がいたのだ。
『もしかしてあなた達、王都で私を助けてくれた精霊さん?』
そう聞くと、精霊達はそれはそれは驚いてハシャギまわった。
『当たりー!!』
『凄いねアナ! 僕たち見分けられたの初めて!』
『人間の移動は遅いね! すっかりこっちの仲間に混ざっちゃってたよ』
お喋りもパワーアップしていた3人の精霊達は、私にとってちょっと特別な精霊になった。
存在を認識してお喋りする様になると、不思議な事に日に日に個性の様な物が生まれて来る。
最近ではどんなに多くの精霊達に混ざっていても3人にはすぐに気が付くし、その3人の中でもさらに見分けが付く様になっていた。
『僕たちが、アナのボディーガードになってあげるね!!』
そう言って、街にも付いて来ているのだ。
心強い事この上ない。
そして、毎日街に通っている内に新たな発見もあった。確かに閉まっているお店が多いのだが、きちんと毎日開いているお店もあるのだ。
しかも開いているお店には共通点がある。
店主が壮年以降の年齢層だ。
つまり、伯爵領では若い世代ほど働かない。
邸の使用人達も比較的高齢の者が多いな、と何となく思ってはいたのだが、これも偶然ではなかったのだ。
それこそ若い使用人なんて、ベーカー位のものである。
そっか、十数年前からこの状況だとしたら、今の若い人達にとってはこの状況こそが普通なんだ。
思わず背筋がゾッとする。このまま働かない人間が増え続けて、宝石鉱山から原石が採れなくなったら伯爵領は破綻まっしぐらだ。
「どうやったら若者達が働こうという考えになるか、ですか」
自室でのお茶の時間、私はマリーとダリアに自分の考えを話してみた。
「食べる為に働くとか、働くのが当たり前だ、という環境で育っていないと、何かしらの理由や目的が無いかぎり『働く』という考えにならないのではないかと思うの」
「なるほど。しかもそちらの方が若者世代の共通認識になってしまっているという事ですね」
深く頷きながら返事をするダリアと、首を傾げるマリーのコントラストが面白い。
「奥様! 難しいです!!」
分かったふりをせずに、分からない事をその場ですぐに聞けるのはマリーの美点だ。
「そうねぇ……ではマリーは、小さい頃から仕事はするのが当たり前だと思っていた?」
「はい! 自慢じゃありませんが、うちの男爵家はそんなに裕福な方ではありませんでしたから。男爵である父も、嫡男の兄も、率先して芋を掘っていたほどです! 何なら私も掘ってました!!」
それはそれで凄いな。
「では、周りに仕事をしていない大人が沢山いたらどうかしら? 仕事はしてもしなくてもいい物で、しなくても生活には困らないの」
「それは…。ちょっと想像付かないですけど、少なくとも仕事をするのが当たり前とは思わないですよね。したい仕事があればするけど、無ければしないかもしれないです」
マリーは一生懸命考えて答えてくれた。
頷きながらダリアも続ける。
「一般的な貴族家の令嬢がそれに当たるかもしれませんね。彼女たちも働こうという発想に至るのは極一部だと思います。時代は変わりつつありますが、まだまだ現実はこんなものです」
私は2人の話を聞いて、深く頷きながら言った。
「労働こそ正義、みたいな考え方の押し付けを領民にしたい訳ではないの。私は下町育ちだから、その日の暮らしの為に必死に働かないといけない人や、したくもない仕事をしなければならない人も沢山見て来たわ。身体を壊すほど働かないとご飯も食べられないなんて……それもおかしいと思う。でも、このまま働かない人間が増え続ければ、いつか必ず伯爵領は破綻するわ」
「難しい問題ですね」
「え? 全然難しくないですよ!」
私とダリアは少ししんみりと話していたのだが、マリーは明るく言い放つ。
「みんな楽しく無理なく働けばいいんです。きっと、伯爵領の若い人達は働く事の楽しさと大切さを知らないんですよ! もったいないから、私、教えてあげます」
マリーはニコニコと続ける。
「それから、後でマーカスさんに調べてもらって欲しいんです。私の予想では、伯爵領の中でも農村部の若い人達はきちんと働いていると思いますよ!」
私とダリアはキョトンと顔を見合わせた。
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