第14話 対決!クリスティーナ⑵



「……アンタ、随分と調子に乗ってるみたいじゃない?」


 ……いきなり飛ばして来たな。


 セバスチャンとミシェルが応接室から出た途端にクリスティーナの声がワントーン低くなった。


 貴族の中には使用人を人だと思っていない人種も多くて、そういった輩は使用人の前でも平気で本性を現す。


 しかし、クリスティーナはそんな事はしない。使用人の前でも優しく嫋やかな公爵令嬢であり続けるのだ。


 ——私の前では本性丸出しなんですけどね。


「フェアファンビル公爵令嬢こそ、他家に来てその態度は頂けないと思いますわよ?」

「なに? 公爵家を出たからもう安全だとでも思ってるの? はっ! ちょっとユージーン様に優しくして貰ったからって何か勘違いしちゃった訳?」


 これがさっきまでの可憐な令嬢と本当に同一人物かと疑いたくなる位に今のクリスティーナはいやらしい顔をしている。


 ——いや、別に旦那様にも優しくして貰ってはないんですけどね。


「調子に乗るのも今のうちよ! ユージーン様だって、私が少しその気を見せればコロッとこっちに靡くに決まってるんだから!!」

「公爵家のご令嬢が、随分下衆な物言いですね」

「!!?」


 公爵家にいる2年の間、歯向かう事も無くされるがままだった私の突然の変貌に流石のクリスティーナも驚きが隠せない様だが、本性隠すのがクリスティーナの専売特許って訳では無いのよ?


「それで、この様に強引に他家に上がり込むなんて、一体どんなご用事があったのですか?」


 もう公爵家にいた頃の様に何でも言う事を聞く私ではない、という姿を見せる為に強気な口調で話を続ける。


 一瞬呆気に取られていたクリスティーナだが、直ぐに気を取り直すと憎々しげに私を睨んできた。


「懐かしいわね、その生意気な目!」

「え?」

「初めて公爵家に連れて来られた時、あなたはそんな目をしていたわ。平民の分際で堂々と背筋を伸ばして、真っ直ぐに私を見つめていた」


 ガッ!とクリスティーナがティーポットを掴んだ。


 クリスティーナと初めて会った時、いきなりティーカップを投げ付けられた事を思い出し、サァッと顔が蒼ざめる。


 今クリスティーナが掴んだティーポットにはお代わり用の紅茶がたっぷり入っている。


 しかも、ハミルトン伯爵家らしく保温の魔石が使われ、淹れたての温度がキープされた状態の紅茶がだ。

 そんな物投げ付けられたらただでは済まない。


「何をなさるおつもりですか? フェアファンビル公爵令嬢」

「初めて会った時から気に入らなかったのよ。ここでも粗雑に扱われてボロボロになってるだろうから、その姿を笑ってやろうと思ってたのに……。やはり母親に似て、男に取り入るのだけは上手かったのかしら?」

「……どういう意味ですか?」

「やってる事が顔だけはいい下級貴族の母親そっくりじゃない。辺境伯の遠縁だかなんだか知らないけど、たかだか一代男爵の娘が公爵家の令息をたぶらかすなんてとんでもない話だわ!」


 ——辺境伯の遠縁? 一代男爵の娘??


 興奮して捲し立てるクリスティーナは私が知らない情報をポロポロと洩らす。


「そんな風に表面だけ綺麗に着飾って男は騙せても、育ちの悪さは滲み出るのよ! 私がお似合いの顔にしてあげるわ!!」


 クリスティーナがティーポットを握っていた手に力を込めたのが見ているだけで分かる。


「本気ですか? 他家の夫人にそんな事をして、いくら公爵家の令嬢とはいえただでは済みませんよ?」

「大丈夫よ。これは正当防衛だもの」

「は?」

「お姉様が私に熱い紅茶をかけようとしたから、抵抗して揉み合っている内にお姉様が紅茶を被ってしまったの。ね? 正当防衛だわ」


 ——こいつ、本気だ!!


 私は思わず立ち上がるとジリジリと後ずさる。


 きっとセバスチャンは扉のすぐ外で待機してくれているだろう。大声をだす? 

 いや、ティーポットを投げるなんて一瞬だ。絶対間に合わない。


 クリスティーナがティーポットを私目掛けて投げ付けたのと、謎の光がクリスティーナと私の間に割り込んだのと、応接室の扉がバンッと勢い良く開かれたのは、全てがほぼ同時だった。

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