第12話 義姉の不幸は蜜の味②(Side:クリスティーナ)
——何よ。何よ何よ何よ!! 気に入らない!!
アナスタシアを一目見た瞬間に苛立ちが湧き、思わず手元のティーカップを投げつけていた。
「怖いわ! あの子が凄く怖い顔で睨んでいたの。私、お姉様が出来るなら仲良くしたいと思っていたのに!」
クリスティーナは咄嗟にそう言って泣き真似をしながら父である公爵に抱き付いた。
公爵も使用人達も当然の様にクリスティーナの肩を持ち、アナスタシアは紅茶を被ったまま罵倒され、その場に立ち尽くしていた。
クリスティーナは自他共に認める美しい少女だった。父の公爵にもそれはそれは可愛がられていたし、周りも皆クリスティーナを蝶よ花よと崇めたてた。
——でも、髪色は白銀だったのだ。
クリスティーナは内心で自分の髪色が父ではなく母に似てしまった事を口惜しく思っていた。
王家と筆頭公爵家にしか生まれる事のない金色の髪色は、まさに王者たる者の象徴として敬われる。
この美しい自分が金色の髪さえ持っていれば完璧だったのに。
常日頃そう考えていたクリスティーナにとってアナスタシアの存在は受け入れ難かった。
平民育ちと嘲笑っていたはずの人間も、アナスタシアの輝く金色の髪を見れば畏敬の念を抱いてしまうだろう。
それが恐ろしかった。
だから、とことんアナスタシアを貶めた。
ある事ない事言い触らし、使用人達がアナスタシアを虐める様に仕向けた。
父は元々アナスタシアを憎んでいたし、公爵家の嫡男である兄・アレクサンダーは隣国へ留学中。
フェアファンビル公爵家は、クリスティーナの思うがままだった。
——ああ、いい気味。
髪色が金色でない事は、自分で思っているより遥かにクリスティーナにとってコンプレックスになっていたのだ。
本当は金色の髪の人間に対して嫉妬や憎しみにも似た感情を抱いていた。
かと言って、父や兄、ましてや王子や王女にそんな気持ちをぶつけられる筈が無い。
そこに現れた金色の髪のアナスタシアは、クリスティーナにとって格好の『的』だった。
アナスタシアを虐げれば虐げる程。
アナスタシアが周りから貶められれば貶められる程。
クリスティーナは今まで満たされる事の無かった何かが満たされる様な気持ちになった。
それはもはや狂った執着心だった。
それに加えて、自分で伯爵家との縁談を突っ張ねておきながら、アナスタシアに譲るとなると途端にユージーンの事も惜しく思えてきた。
間違ってもユージーンがアナスタシアを大切にして、アナスタシアが幸せになるなんて許せない。
だから少し、仕込みをしておいた。
実はユージーンを煽ったあの悪友達は、クリスティーナの取り巻きでもあったのだ。
ユージーンがアナスタシアを嫌う様に。
平民育ちの女を娶るなんて恥ずかしいと思わせる様に。
——初夜でアナスタシアが辛く恥ずかしい目に合う様に——
クリスティーナは上手く取り巻きを扇動し、まんまとユージーンに思い通りの行動を起こさせた。
ふふっ! あぁ楽しい。アナスタシアのあの澄ました顔が悔しげに歪むとスッとするわ!
アナスタシアがハミルトン伯爵家に嫁いだ最初の頃は、アナスタシアがどれほど伯爵家で酷い目に遭っているかを想像するだけで楽しかった。
段々それでは満足出来なくなり、自分の目で確かめたくて何度もお茶会の誘いの手紙を出したが断られた。
自分だから断られるのかと、自分の取り巻きの令嬢達にもお茶会の招待状を送らせたが、それにも丁寧な断りの返事が来るだけだった。
ついに我慢がしきれなくなったクリスティーナは、今日ハミルトン伯爵家に直接押しかけたのだ。
『何回手紙を出しても返事も来ないなんておかしい』
『まさかお姉様は伯爵家で辛い目に遭っているんじゃないか』
と、義姉の身を案じる如何にも健気な妹のフリをして、見事に伯爵家に入る事が出来た。
そもそも、私は公爵令嬢なのよ?
それを約束が無いからって追い返そうとするなんて、ほんと生意気な使用人ね!
出されたお茶を飲みながら、アナスタシアの登場を待つ。
きっと伯爵家でも粗雑に扱われて、ボロボロになった姿を見られるはずだ。
本当は公爵家にいる内にもっとボロボロにしてやりたかったのに、伯爵家に嫁がせるまではと最低限の手入れはせざるを得なかった。
ユージーン様も、私の代わりにアナスタシアなんかと結婚させられて本当に可哀想よね!
結婚はしてあげられないけど、ちょっとだけなら付き合ってあげようかな?
そうしたら、アナスタシアはもっと惨めな思いをするだろうし……
うん! いい考え!
アナスタシアを蔑ろにし、自分に夢中になるユージーンの姿を想像すると堪らなく愉快な気持ちになった。
クリスティーナが最高潮にご機嫌な気分になった所で、ようやくドアがノックされ先程の執事の声が聞こえる。
「ハミルトン伯爵夫人がいらっしゃいました」
ゆっくりと扉が開き現れたアナスタシアは……
今までクリスティーナが見た事もない程に美しかった。
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