第11話 義姉の不幸は蜜の味①(Side:クリスティーナ)

(Side:クリスティーナ)


 本っっっ当に嫌い、あの女。


 アナスタシアは、フェアファンビル公爵家に巣食う癌みたいな物だ。


 事の始まりは、事業の相談に行ったお父様に対してハミルトン伯爵家から寄越された縁談の話だった。


 公爵家に有利な形で業務提携を結び、資金援助もする。その代わり、ハミルトン伯爵家と縁を結んで欲しい……。


 当時代替わりしたばかりで実権を持っていなかった当主に代わり、先々代の伯爵にそう打診されたらしい。


 それはつまり、私が。


 このクリスティーナ・フォン・フェアファンビルがハミルトン伯爵家に嫁ぐという事だ。


 この私が!? 筆頭公爵家の令嬢で社交界の華と持て囃されているこの私が格下の伯爵家に……!!?


 ハミルトン伯爵家の当主は『若き美貌の伯爵』と社交界でも名高いユージーン・ハミルトンだ。


 何度か社交の場で見かけた事はあるが、かなりの美形だった。

 見目も良く未婚の令嬢から大人気のユージーンならそこまで悪い気もしない。


 ……が、伯爵家というのがどうしても気に入らなかった。


 筆頭公爵家令嬢である自分なら、自国の王家や同等の公爵家との縁組が当然だと思っていたのだ。一歩譲って有力な侯爵家位ならまだ我慢も出来る。


 でも、いくら資産家とはいえ伯爵家なんて……!


 そう思ったクリスティーナは、ユージーンは少し惜しかったけれどこの縁談を突っ張ねた。元々クリスティーナを伯爵家に嫁がせる事に抵抗を感じていたフェアファンビル公爵もそれを認めてくれた。娘に甘いこの公爵は、クリスティーナが涙を浮かべて訴えれば大抵の事は認めてしまう。


 しかしフェアファンビル公爵家の内情は周りが思う以上に逼迫していて、伯爵家との縁は何としてでも結びたい物だった。


 何か方法はないかと考えあぐねた公爵は妙案を思い付いた。誰か公爵家の血縁の者を連れて来てクリスティーナの身代わりにすれば良いのだ。


 生憎と公爵家の親類筋に条件に合う令嬢はいなかったのだが、そうこうしている内に公爵はアナスタシアの父、前公爵の歳の離れた弟で自身の叔父に当たるエドアルドの事を思い出した。


 そうしてエドアルドについて調査をした公爵は、ついにアナスタシアの存在を見つけ出したのだ。


 当時アナスタシアは「アナ」と名乗り平民として暮らしていた。


 既に両親は亡くなっていたそうだが、生意気にも高等学舎に通っていたという。


 両親を亡くしたアナには後見人が付いていて、引き取りを拒否しようとしたらしいが、公爵家に敵うわけがない。


 かくしてアナは「アナスタシア」となり公爵家で教育を受ける事になった。


 公爵家の娘としてクリスティーナの代わりにハミルトン伯爵家に嫁ぐ、ただそれだけの為に。


クリスティーナが初めてアナスタシアに会ったのは、クリスティーナが14歳の時だった。アナスタシアは16歳。


 平民街で見つけた公爵家ゆかりの女が自分の『姉』になるのだと聞かされた時の不快感といったらなかったが、それで伯爵家との縁談から逃れられるならまぁ我慢しようと思った。


 伯爵家と縁を結べばお金も沢山入るって言うし、どうせ自分が関わる必要も無いのだ。


 引き取ってすぐ伯爵家に嫁がせるのだから、あまり顔を合わせなければいいたろう。


 気に入らなければ、自分の立場を思い知らせてやればいい。


 ああ、気分が悪い時の憂さ晴らしに使ってやってもいいな。


 そんな事を考えながらニヤニヤしていたクリスティーナの前に連れて来られたアナスタシアは、クリスティーナが想像していた貧相な平民とは全く異なる少女だった。


 貴族令嬢の様に磨かれている訳ではないが、十分に健康的で美しい肌と整った顔立ち。スラッとした手脚に仕立ての良い清潔な服。臆する様子も無く、真っ直ぐクリスティーナを見つめる聡明な瞳は翠色で、


 そして何より—— 輝く様な金色の髪。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る