14頁 阿鼻叫喚の治療室
夕方、敵の軽戦車に突撃をかけたと言う兵隊サンが衛生兵に背負われてやって来ました。
私が受付で様子を見ていると、左脚が奇妙な形に折れ曲がり、身体にブラブラとぶら下がっています。
背負って来た衛生兵は、受付の傍に置いてある担架にその負傷兵を降しました。
そして、急いで私の隣りに座る「崔(サイ)軍医」の前に歩み寄り、悲鳴の様な大声で、
「ラエ高地守備隊川上衛生兵、報告しますッ! 『石井 勲(イシイイサオ) 上等兵』はアンパン(地雷)を腹に巻いて信管を外し突撃をかけたが不発、敵戦車のキャタピラに左脚を踏まれました!」
と報告しました。
崔 軍医は川上衛生兵に、
「ご苦労様、気を付けて帰りなさい」
と労をねぎらうと、
「ハイ! 川上衛生兵、戻ります! 石井上等兵をよろしくお願いします」
と言う絶叫に似た言葉を残し、急いで「ラエ高地」の原隊に戻って行きました。
多分、あの川上と云う衛生兵は、「生きて戻れれば」必死に兵隊サン達を助ける為に戦場を走り回って居るのでしょう。
「殺してくれ!」
と叫ぶ兵隊サンを。
兵隊サンは死ぬ為に戦い、衛生兵は助ける為に戦う。
助かった兵隊サンは簡単な治療を施し、また死ぬ為に戦場を走り回る。
これを『矛盾』と言わずして何と言うのでしょう。
兵隊サンと云う「生きた機械」は、完全に動かなく成るまで使い切る『消耗品』の様な『モノ』なのでしょうか。
部隊と云う歯車の中の一個の「部品」なのかも知れません。
その数百万個の部品が集まって『帝国陸軍』と謂う大きな機械を形作っているのでしょう。
一個の部品が消耗したら、また内地から赤い紙一枚で新しい部品(人間)を調達して武器弾薬と一緒に箱(船)に詰め、輸送してくれば良い、ただそれだけの『モノ』でしかない様に思われてなりません。
但し、その箱(船)が目的地まで辿り着けばの話しですが。
戦争とは、何と非道で惨(ムゴイ)い『お仕事』ではないでしょうか。
左脚の砕けた石井サンは、担架の上から軍医に、病院内に響き渡る様な「気合い」の入った大声で、
「使えない脚(アシ)です。切って捨て下さい!」
と叫んでいました。
緒方軍医長がその声を聞き、医務室から出て来ました。
そして石井の左脚を一瞥、
「ヨシ、分かった。一時(イットキ)、我慢しろ!」
と気合いを掛けました。
伊藤衛生兵と松本衛生兵が担架に載せられた石井サンを治療室に運んで行きます。
治療室では、緒方軍医長が石井サンの口に板を噛ませ、メスとノコギリで左脚を切り捨て、太腿部の切り口は「タコ糸と針金」で縫合しました。
野嶋婦長サンと私、河村・原・中村の三名の看護兵はそれを補助。
私は寒気(サムケ)で気を失いそうに成りました。
「切って捨ててくれ!」
と叫ぶ石井サンも気違いなら、
「ヨシ、分かった!」
と麻酔もしないで脂汗を流し、脚を切っている眼鏡(メガネ)の緒方軍医長も発狂しているとしか思えません。
『阿鼻叫喚』の石井サン。
私も脂汗をかきながら、鬼の様な形相で必死に押さえつけていました。
石井サンは絶叫と共に気を失ってしまいました。
生き残って右脚だけになってしまった石井サンは運が良かったのでしょうか。
『運・・・』
私はこの戦場には「運」は無いと思います。
このニューギニアの戦場に回された事が「運の尽き」だと思うのです。
出征の時、家族や親戚、部落の人々に、
「武運長久、お国の為に死んで来い!」
と万歳され、五銭・十銭の千人針を腰に巻き、最寄りの駅まで送ってもらった石井サン。
片脚をニューギニアの島に捨てて故国(クニ)に帰る事と、白木の箱に入って家族のもとに戻る事。
やはり『白木の箱』の方が『名誉』なのでしょうか。
石井 勲 陸軍上等兵
(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
川上正二 陸軍衛生兵
(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます