13頁 溶けたマネキン人形
一日に何人の兵隊(患者)サンが亡くなるのでしょう。
今日もまた、筵(ムシロ)のベッドから「名誉の戦死?」を遂(トゲ)げた兵隊サンが担架で運ばれて行きました。
そしてそのベッドは、直ぐに新しい「壊れてしまった兵隊」サンで塞(フサ)がるのです。
今度運ばれて来た兵隊(患者)サンは「眼と口」以外は包帯で幾重にも巻かれていました。
その兵隊(患者)サンの毛布には『山下源一郎(ヤマシタゲンイチロウ) 軍曹』と書いて有りました。
山下サンは私を見て、こんな挨拶しました。
「すまんなあ。・・・なあ、看護婦サンよ。・・・・この顔で帰還しても、誰も俺だとは分らねえだろうなあ」
山下サンは火炎放射器で顔をヤラレ、酷い火傷(ヤケド)を負っていました。
眼は開(ヒラ)いたままで瞬(マバタキ)きする事も、眠る事も出来ないのです。
人が眠らないと、どうなるのでしょう。
・・・起きているのです。
起きて居るとつまらない事ばかり考えてしまうものです。
山下サンが入院してから三日目の晩の事でした。
私が懐中電灯を照らし、兵隊(患者)サンの間を巡回している時、
「オイ!」
と声を掛ける方が居ります。
私が、
「ハイ」
と答えて振り向くと山下サンでした。
山下サンは私に、またあの日と同じ事を聞くのです。
「この顔で帰還したって、誰もオレだとは分らねえよな」
私はその言葉に返す言葉が思い当たりませんでした。
山下サンは私の答える『何か一言』を待っている様子でした。
こういう時の看護婦はどの様に兵隊(患者)サンに応えるべきなのでしょうか。
いったい何と言って寄り添い、励ましたら良いのでしょう。
「大丈夫ですよ。頑張りましょう」
でしょうか。
『山下サンは私の答えてを待っています』
刻む時間が聞こえて来ます。
私が応えられない事を察して山下サンが、
「殺してくれないか」
と言ったのです。
山下サンはジッと私を見詰め、唇を噛みしめています。
開いた眼尻(メジリ)からは涙が零れていました。
私の強く握った拳(コブシ)は震えて、汗で濡れています。
そして、
「失礼します」
と言って山下サンの傍を急いで離れようとした時、
小さく掠れた声で、
「・・・頼む、殺してくれ」
と言ったのです。
私は振り向けませんでした。
振り向ける筈がないじゃないですか。
振り向かず、
「出来ません!」
と一言、答え、病院の外に走って出て行きました。
気が狂うほどの寂しさ・・・。
外は満天の星が『筵のベッド』の病院を包んでいます。
こんな綺麗な星の下で人と人が殺し合って居るのです。
日本の兵隊サンは「大義」の為。
アメリカ兵隊サンは「自由」の為に。
そんな言葉は「こじ付け」じゃないでしょうか。
人間とは何と野蛮な動物でしょう。
動物は生きる為に、空腹を満たすために、子孫を残すために殺すのです。
人間は無理な『こじ付け言葉』で殺し合うのです。
戦争とは殺されてしまうから、殺すのです。
刺殺し殺すのです。撃ち殺すのです。焼き殺すのです。
そして、無残にも負傷して生き残ってしまった兵隊サンは、
「殺してくれ!」
と叫ぶのです。
私はあの病院に戻るのが嫌(イヤ)に成りました。
病院の中には溶けた様な顔のマネキン人形が。
『山下軍曹』が、眼を見開いて私を待って居るのです。
壊れた兵隊(患者)サン達の苦しみの遠吠えは、此処まで聞こえて来ます。
一縷(イチル)の望みも消え去ったこの南国の絶望の島『ニューギニア』。
この帰れない島で、私は壊れた兵隊サン達にどう向き合って行ったら良いのでしょう。
どう励ましたら良いのでしょうか。
死の順番を待って居る兵隊(患者)サン達に、
「頑張りましょう」
とは、あまりにも無責任で酷(コク)な言い方ではないでしょうか。
山下源一郎 陸軍軍曹
(昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)
つづく
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