12頁 家族と歩く兵隊
藤田兵長の話しはまだ続きます。
蟻に耳をやられた山崎とジャングルを彷徨(サマヨ)っていると、後ろから話し声が聞こえて来たそうです。
笑ったり怒ったり、元気そうな声だったと言ってました。
藤田兵長はまた道連れが出来たかと思い、小休止をして、その「兵隊達?」を待っていたそうです。
暫くすると、若い背の高い兵隊が「一人だけで」やって来たそうです。
その兵隊は珍しく『少尉の階級章』を付けていたそうです。
藤田兵長は一応、儀礼的に敬礼をし、その少尉の『眼』を見たそうです。
するとその眼は「ロンパリ」だったそうです。
片方の眼は藤田兵長の方を見ているのですが、もう片方の眼は明後日(アサッテ)の方を見ていたそうです。
話し方は確かに少尉だったのですが、少し「妙」な感じがしたそうです。
それは、喋る言葉がまるで「落語」の様だったそうです。
まあ、・・・言えば、『一人で何人もの喋り方をする』とでも言いましょうか。
藤田兵長は、この少尉サンも狂(イカ)れているなと思ったそうです。
当初、気持ちが悪かったそうですが、同行していると慣れて来たのか笑って聞いていたそうです。
話を聞いていると面白い事に、この少尉サンは必ず自分でジブンの言った言葉に納得し、そしてまた、話しを続けて行くと言うのです。
藤田兵長はその少尉の口真似をしてくれました。
「うん、そうだな。それもそうだ。そうなんだよ。良く分かってるじゃないか。ハハハ。そうだ、そうだ」
そして時々、『自分でジブンを叱る』そうです。
「ダメじゃないか! もう、そんなは事をするな! ハイッ! もう、しません! 川口少尉殿」
耳の聞こえない藤田兵長の「相棒」は、傍でボ~と、少尉サンの話しを「見ていた」そうです。
藤田兵長はまるで「ラジオ」でも聞いている様で、堪え切れず大笑いをしてしまったそうです。
当然、少尉サンのビンタが飛んで来るかと思ったのですが、少尉サンは優しく笑って、突然、「子供の様な声」に変わったそうです。
そして、
「父ちゃん、早く帰ろうよ。こんな所に居たら母ちゃんが死んじゃうよ。早くウチに帰ろうよ」
と言ったそうです。
藤田兵長はそれを聞いて更に気持ちが悪くなったそうです。
多分この少尉サンは激戦の戦場とジャングルの冥土の道を歩いて来て、いつしか故郷に迷い込んでしまったのだと思ったそうです。
藤田兵長は暫くその先を聞いていたそうです。
すると涙が止まらなく成ってしまったそうです。
この少尉サンの頭の中は、戦地に出発直前の、最後の別れの『面会室』の中に戻っている様だと話してくれました。
多分、この少尉サンはジャングルの何処(ドコ)かの道で家族と出会って、此処(ココ)まで歩いて来たのでしょう。
『思い出が生きる支え』と成って。
でもこの少尉サンは藤田兵長達とは同行しなかったそうです。
「オレは先に行く。支那(シナ)で待っている」
とワケの分からない事を言い残し、先にトボトボと「家族?」と一緒に行ってしまったそうです。
そしてその少尉サンが見えなくなった頃、冥土のジャングルに響き渡る様な大声で、
「ヨ〜シ、父ちゃんが、オモチャを買ってやる。付いて来~い!」
と怒鳴ったそうです。
藤田兵長はその声を聞いた途端、震えが止まらなくなり、堪え切れずに大声で泣いてしまったそうです。
そして、藤田兵長は最後にこう思ったそうです。
『今居るこの場所こそ、生き地獄だ』と。
藤田兵長は尾籠(ビロウ)の樹を、思い切り杖で叩いたそうです。
すると、連れの耳の聞こえない山崎は、藤田兵長の気合いの入れ方? を見て、ニッコリと笑ったそうです。
私はこの藤田兵長の話しを聞き終わると、溢れふ涙で藤田兵長が見えなく成ってしまいました。
川口正一 陸軍少尉
(昭和十九年東部ニューギニアにて行方不明)
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます