6頁 発狂兵

 今日も病院の庭の花の舞台では極楽蝶が舞っています。


「赤チンの飲み薬」が功を奏したのか、小山上等兵の下痢は治ったようです。


小山上等兵の右隣の筵(ムシロ)の兵隊サンは、何を考えているのか今日も幸せそうに笑って寝て居ます。

毛布には『岩村伸治(イワムラ・シンジ )二等兵』と書いてありました。

私は片手片足の無い辻 准尉に、あの「笑う兵隊サン」の事を聞いてみました。

すると、


 「僕が此処(ココ)に寝かされた時から笑って居たよ」


と言うのです。

野嶋婦長に岩村二等兵と云う兵隊サンについて尋ねると岩村二等兵は最初、この病院に入る事をとても拒んでいたそうです。


 その日、岩村二等兵は尾籠(ビロウ)の木陰から、受付に並ぶ兵隊サン達を伺っていたそうです。

伊藤サン(衛生兵)が、奇妙な行動をとる岩村二等兵を見つけて受付に連れて行こうとすると、


 「自分は病気では無い!」


と叫んでいたそうです。

原サン(看護兵)が岩村二等兵の精神を落ち着かせ問診をしてみると、

何やら、


 「吉祥寺の叔母さんが船に乗って来た」


と言うのです。そして、


 「吉祥寺の叔母さんに会って、どうしても一言、謝りたい事がある」


と言うのだそうです。

ここは「東部ニューギニアの最前線」です。

すると、並んでいた一人の兵隊サンが岩村二等兵を見て、


 「あッ! あの野朗、高地を攻略中、オレ達に向かって手榴弾を投げていた兵隊だ!」


と叫んだそうです。


 「オレ達に向かって? 味方に向かって?」


私は夜の巡回中、あの岩村二等兵と云う兵隊サンの「クスクス」と言う笑い声を聞くと、気味が悪くて逃げ出したくなります。


 岩村伸治 陸軍二等兵

 (昭和十九年東部ニューギニアにて戦死)

                          つづく

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