第一話⑤
翌日、リルが街に着くころには太陽が雲間から顔を出す。
西の鉱山から切り出された
街角にはテラスのあるカフェが
──あいかわらず人が多い……!
リルの服装は
リルとすれ
「ぷっ。いまどき黒ずくめだなんて、童話で読んだ魔女みたい」
「魔女だって? グラウス城にいる《騎士の魔女リカルダ》かい?」
「ははっ! リカルダはあんな格好はしないさ。いつもグリーンの
「あんなカラスのような女が魔女であるはずがない」
大きく
──街には
黒のドレスのなかに入れこんだネックレスを布
「【パウラ・ポウラ】はお得意様だから、きっと
さくらんぼ色の
その
「──白薔薇ねぇ。最近は赤や黄色の薔薇のほうが人気なんだよ」
目にもあざやかなワインレッドのドレスを着た──女主人パウラが
「建国祭に向けてあちこちから薔薇は集まってきてるし……これっぽっち買い取ったってね」
「白薔薇だけですが三十本はあります」
「三十? うちは買い取りの場合、最小単位は百からだよ」
「ひゃ、百? でも、まえに売りに来たときは三十本でも買ってくれましたよね?」
「ああ、それはポウラのほうだね。私の
「え」
「あのこ、足を痛めちゃって、しばらくは店に出ないよ」
まったく、
リルはワインレッドのドレスを着た女主人パウラをじっと見上げる。以前の女主人──ポウラと背格好はまったく
「お願いします。もう摘んでしまったから、持ち帰ってもあとは
「そんなの知ったこっちゃないよ」
ポウラの双子の姉パウラは
「ほら、早く帰ってちょうだいな。そんな格好で店先にいられちゃ営業
リルの耳元で声を落としたパウラが乱暴にそばをすり
「あのっ」
リルはとっさにパウラを引きとめようとし、いきおいよくふり返った。だが、足元に置かれていた
「あっ」
リルのちいさな悲鳴とともに、鉢植えに植えられたオリーブの
「こっの
身幅の大きいパウラがリルの手から落ちた白薔薇を踏みにじる。ぐしゃ、ぐしゃ、と音を立て、店の奥にいた使用人に向かって「この女をうちの店に近づかないよう遠くへやってきなっ」と声を
来店した老年の紳士もパウラの
大事に育てた白薔薇が目のまえで踏まれてぐしゃぐしゃに──
「や、め……」
リルの青い瞳に
「やめてっ」
リルが悲痛な声をあげると、ぽつ、と
「──
「白薔薇を三十本。それから、そこのオリーブの苗木も」
「シドウ、マダムに
もうひとりの従者に命じると、丸眼鏡を
「え……は、はいっ!?」
ずしっと重い十万ノクト金貨。王都エペといえど、
「ええ!? ええ、ええ、じゅ、十分ですともっ」
興奮のあまり顔を紅潮させたパウラにシドウはにっこりと
「
ザアァアアアという雨音を背に、レオラートは床にうずくまったリルに手をさしのべた。
金色の長い髪に
「余計なことをしないで」
リルはレオラートの手を
「こ、これは閣下がお買い求めになるもので……」
「こんなに
「ばか、シドウ様がいまさっき金貨を支払っただろ」
「わたしはまだ売ってないものっ」
「そそそそそ、そんなこといまさら言うか!?」
「レディ、これで足りますか?」
リルの目のまえに丸眼鏡のシドウが金貨をさしだす。初代
「バカにしないで。わたしは物乞いではありません」
キッと
雨はかわらず降りつづいていたが、リルはかまわず
すぐ近くにレオラートが乗ってきたであろう立派な馬車が
足を止めたリルは、それをじぃっと食い入るように見つめた。
「……」
そこへ、追いかけてきたレオラートが「家まで送ろう」と背後から声をかけた。リルは馬車の紋章に目を留めたまま、
「……おいしそう」
「?」
思わず、なんのことだ? と不思議に思ったレオラートがリルの顔をのぞきこめば、
ぐぅうぅうう。
雨音に負けない、リルの大きな腹の音が鳴る。
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