第一話③

 シュッとマッチをって、暗い室内にオレンジ色の火がともる。

 テーブルのうえのしよくだいに火を移せば、けむりの匂いが薄く鼻先に漂った。

「ご用件は? ……とは言っても、最近はほとんどお断りしているのですが」

 外で『アレクシア』と名乗った女は、部屋の入り口に立ったレオラートとザシャをふり返る。

 金色の髪が背中のなかほどまで伸ばされていて、ろうそくあかりだけでは表情がうかがい知れない。はだかくすように首元まである黒色の衣服に黒のグローブ。しゆうそうしよく品などはなく、いたってシンプルな装いだ。髪の量は豊富だが、顔はちいさく、きやしや身体からだつきをしていた。子どものようにも大人のようにも見え──不老とうわさのある魔女のねんれいは見た目ではわからないが。

 前髪の奥のひとみは青く、こちらを見ているようで、視線がどこにあるのかわからなかった。

 レオラートは灰色の眼で女をながめると、

「私の名はレオラート。《雨の魔女アレクシア》にこちらのネックレスのおくり主をさがしてもらいたく、今日は訪ねた」

 ジャケットの内ポケットからしんちゆうのネックレスをとりだすと、蠟燭の火が灯るテーブルのうえにそっと置いた。フクロウのモチーフが付いたもので、シャラン、と金属の冷たい音がなる。

「持ち主は私の姉エレノア。──三年前にくなっている」

 レオラートの声はたんたんとしていた。『灰公爵』という異名の由来となった灰色の瞳に蠟燭の灯りが映る。オレンジ色に染まったたんせいな顔立ちと上品なたたずまいは、王都の社交界においても一目置かれる存在だった。

「姉にこのネックレスを贈った主を捜したい」

 レオラートが言葉をつづけると、一度はネックレスに視線を向けた《雨のじよ》だったが、すぐさま、「お断りします」と声を落とした。

「わたしには捜すことはできません。お引き取りを」

「なぜ?」

 かんはつをいれずに問い返したレオラートに、金色の髪をした女は前髪で表情を隠したまま、

「なぜと言われても。失礼ですが、『灰公爵様』──いえ、エクター公でいらっしゃいますよね」

「……ああ」

 レオラートはちらりと目だけで女を見た。名は名乗ったものの、今日は自身の身分を明かす物をなにひとつ身につけていない。黒のシンプルなジャケットに雨よけのレインコート。タイはしていないし、もんしようの入ったかいちゆう時計もしきに置いてきた。

 女はレオラートの視線に気づいているのかいないのか、

「名のある公爵様が魔女にたのみごとなんて……だれかに知られれば笑われてしまいますよ」

「笑われたところで、なにが減るわけでもない」

 レオラートはおうように言った。

「エクター公の名声でもってすれば、それこそ王都中を捜せますよね?」

「それはしたくないから、ここに来ている」

 もっともな言い分だった。きんぱつの女はいつしゆん、ひるんだ様子をみせたが、

「……らいはお受けできません」

 一段と声を低くした。「お、おい、ここまでいらっしゃった閣下に失礼だろ!」と、うしろにひかえたザシャが非難の声をあげたが、レオラートが手で制止する。

「では、どうすれば引き受けてもらえる?」

「……」

 レオラートからのまっすぐな問いかけに女はだまりこくった。ぐっとちいさなあごをひく仕草から、この黒ずくめの女は意外と年若いのではないかとレオラートは推測した。

 彼女の背面に目をやれば、一枚の絵画がかべけられている。びついたブリキのバケツにあまりの水がポタリ、ポタリ、と落ちるこのあばら家に似合わず、ごうせいがくぶちに入れられていた。おうかんを頭にいただいた王を囲んで四人の女が並び立つ──初代国王バルトルトと建国四人の魔女をえがいたものだ。

 ──王家に対する忠誠心はまだあるとみていいのか。

 レオラートが視線を女にもどしたところ、長く伸ばされた前髪の奥の瞳と目がかちあった。女はハッとした様子ですぐさま顔をそらす。

「……とにかくお引き取りを。あなたからの依頼はお受けできません」

「どうしてもか?」

「ええ」

 レオラートはしばらく女をえたあと、テーブルに置いたネックレスをジャケットの内ポケットに戻し、「今日のところは失礼する」ときびすを返した。


「か、閣下! あれが魔女ですか!? ただの無礼な女じゃないですかっ」

「……」

「閣下の頼みを断るだなんて、あの女、まったくなにを考えてるんだっ。きっとにせものですよっ。魔女っていうのはね、もっとこう……黒くってギョロ目の口裂け婆さんみたいな……」

 ねぇ閣下もそう思いませんか! とザシャがひとしきり悪態をついたところで、「《雨の魔女アレクシア》はだいわりをしたばかりだ」とレオラートは静かに告げた。

 馬車での帰り道、朝から降りつづいた雨はんでいた。雲の合間からうすが射し、客車のなかはし暑い。

 レインコートをいだレオラートは、

「魔女の力は一代限り。遺伝はしないそうだ」

 窓の外の景色を見ながら、つと、口を開く。

「遺伝はしない? それじゃあ代替わりってどういう……」

「どこかで生まれた赤子が女で、りよくが備わっているとわかったとき、魔女がこうけいとしてむかえ入れるのだ」

 淡々とした様子で言葉をつづけたレオラートに、ザシャは首をひねった。「ってことは、あの女……」

「《雨の魔女アレクシア》をぎし者──後継者と言われているが」

 レオラートは椅子いすもたれたまま、外の景色を眺める。

 ──この天候不順は《雨の魔女》たる彼女のわざかと思ったが……。

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