第一話②

 今年、建国百周年をむかえるアストリット王国。

 百年前──しろと平和を愛した初代国王バルトルトは四人の魔女を従えて国土ウイズリーを統一した。

 魔女のひとりは王のきさきとなった《王の魔女ベアトリクス》、もうひとりの魔女は王家に末代までの忠誠をちかってとなった《騎士の魔女リカルダ》。

 残りのふたり──ひとりはれんきんじゆつけ、西の鉱脈の権利を得たあと研究にぼつとうした《石の魔女マクシーネ》。

 最後のひとりは四人の魔女のなかで、もっとも魔力が強く、天候をあやつるほどだとうたわれたが、もうつかれたと言い残し、こうがいにひきこもってしまった《雨の魔女アレクシア》。

 それから百年の歳月が流れ、魔女たちもだいわりをしたが、しくも最後まで生きた雨の魔女アレクシアが百二十六歳でこの世を去ったという──これが昨年の話である。



 しとしとと、かさを手放せない小雨がアストリット王国に降りつづいていた。

 この日、いしだたみの街をけ、郊外へ向かう馬車が一台。しだいに車道は石のかれていない悪路となり、れがひどくなっていた。

「閣下、本当の本当の本当に向かわれるのですか?」

 大きく揺れる馬車のなか、ハンチングぼうにぎりしめたザシャが不安げに顔をあげた。

 貴人の従者を務める彼は目がどんぐりのように丸く、童顔だ。こわいろは明快で、がらながらうでも立つ。

 だが、今日はずいぶん身をちぢこませて客車のかたすみにちんまりと座る。そのザシャの対面に座る主人──レオラート・エルヴァイン・グラウオールは「当たり前だ。ここまで来て引き返してどうする」とそっけなく言った。

「いやしかし、《魔女》だなんて、聞くだけでおそろしくありませんか」

「さぁ、私はそうは思わないが」

「俺は恐ろしいです……」

 ザシャの声がわかりやすくふるえている。

「だから今日はついてこなくていいと言っただろう」

「そ、そんな、俺が恐ろしいからといって、閣下おひとりで行かせるわけには……」

 ハンチング帽を握る手に力がこもり、どんぐりまなこの顔がこわばった。ザシャに「閣下」と呼ばれるレオラートは──アストリット王国・東に位置するエクター領の領主であることから『エクター公』、または『はいこうしやく』という通り名で知られる。

 ふたたび、馬車がしずむように揺れた。ガタン、と大きく右に揺らいで「ひぃい」とザシャが悲鳴をあげたところで、

「着いたようだ」

 レオラートが窓に視線を向けた。

「《雨の魔女》がこわいなら、ここで待つといい」

 初老のぎよしやが外からドアを開け、レオラートに傘を差しかける。ぐん、と一度かたむいた客車にザシャは我に返るよう目を見開くと、

「おおお、おともいたしますよっ」と自身も馬車から飛び降りた。


 かすみのようなうすきりが辺りにたちこめている。青々とした草木がどんてんに向かってびる一方、足元がぬかるんでどろがあちこちに飛びねていた。

「まったく、うつとうしい雨ですね。ここ最近、んだと思ったらまた降ってきてのり返しじゃないですか」

 水害が起こらないだけマシですがね、いったいぜんたい、どうしてこんなにも雨の日が多いんだか……、とザシャがブツブツとじゆもんのようにつぶやくとなりで、レオラートは行く手に目を細める。

 わくで造られた簡易なへいの向こう側、たおやかにく白薔薇が見える。晴れた日ならさぞ見事な景色だろうと思うほどに群生し、庭一面をくしていた。さわやかな甘いかおりが雨のにおいに混じってただようなか、レオラートは白薔薇の奥にあるちいさな家に目を留める。

 もとは青くそうされていたのだろうが、いろせ、雨どいが屋根から外れていた。

 視線をその青い家に定めたまま、レオラートは足を進め、塀の切れ目から庭に入った。「か、閣下……」とザシャの声が後から追いかけてきたところで、

「あ、人がいます」

 ザシャが前方を指差した。レオラートが目をこらすと、白薔薇の向こう、家のすぐそばで──水色の傘が揺れている。褪せた青い家のまえに水色の傘。目のいいザシャでなかったら気づけなかっただろう。女だろうか、長い金色のかみが傘からのぞいて見えた。

「閣下、あの人に話をいてきましょうか」

「恐ろしかったのではないのか?」

「あれはどう見ても若い女でしょう。魔女っていうのは、もっとこう……黒くってギョロ目のくちばあさんみたいな……」

 ザシャはおおげさな身ぶり手ぶりで、自身の想像する《魔女》をレオラートに説明すると、「とにかく、あの人に話を訊いてみます」と、白薔薇の合間をって水色の傘に近づいた。

 ひとこと、ふたこと──ふたりが会話しているところにレオラートも近づくと、

「……わたしが『アレクシア』ですが」という、すずやかな女の声が聞こえてきた。

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