116 魔法青年は故郷に連絡を取る

中央での報告の後、魔塔では通信の魔道具が急いで増産されていた。

針で彫られた魔法陣の直径は5センチ程度とコンパクトに設計されており、手紙送付の魔法陣で各国に送ることができる。

赤い石は、ホリー村から出て迷いの樹海を南へ行ったところにある小さな山で採取できた。山全体が鉄を含む岩であり、一部には過去に切り出したのであろう跡もあった。もしかすると、各地の赤い石の中にはここから持ち出されたものもあるのかもしれない。

対になった通信の魔道具は、片方を各国のトップのところへ、もう片方を魔塔が保有する。何度か実験を繰り返し、近くに置いた魔道具から発された音声を別の対の魔道具が拾えるとわかった。つまり、疑似的に遠隔会議ができるわけだ。


とりまとめをどこの国がするかはひと悶着あったが、レルカンが「魔道具の管理と魔法陣の調整、場合によっては修正もできる技術を持っているのか」と聞いたところ各国から「魔塔に任せる」と返答があったらしい。

ズマッリ王国の王弟のような人なら魔法陣の調整くらいできるかもしれないが、管理となると少々厳しい。

レルカンの発言はもちろん魔塔としての思惑あってのことだろうが、魔塔は迷いの樹海によって遮断された天然の要塞なので、客観的に考えても一番適しているといえる。


そしてコーディは、プラーテンス出身という立場から、プラーテンス王家に連絡を取った。

プラーテンス王国の国境にある魔獣の森にも六魔駕獣が眠らされている。つまり、六魔駕獣が目覚めたら真っ先に被害を受ける国の一つなのだ。

また、各国にそれぞれ六魔駕獣に関する口伝などが伝わっていたことから、プラーテンスの王家にも何か伝わっているのではないかと考えたのもある。


最初は魔法学園を通じて手紙転送の魔道具の新しいものを送り、それから通信の魔道具を送り、最近の報告をしたうえでようやっと本題に入れた。

もちろん、国王に直接通じるとは思わなかったが、重要なものを送ることはわかってもらえたらしく、宰相が窓口になった。宰相という立場は国王が任命するため、世襲制のものではない。今代の宰相は、国王の学生時代の友人兼魔法のライバルだったそうだ。

その宰相を通じて、六魔駕獣のことを聞いてみた。各国に伝わっているものがあるため、プラーテンスにもあるのではないか、と。



数日後、分厚い手紙が返ってきた。

「やはり、ヴィーロックスか」

それは、魔獣の森にある赤い石の魔法陣に描かれていた名前だった。


まさかの国王が直接書いてくれた手紙によると、王族というよりはこの国の支配層のトップが引き継ぐ一種の呪いとして知識を引き継いでいるそうだ。血筋などは関係なく、王都の周辺にそういう魔法陣があるのだという。ただし、古いもののためか設置場所は不明。

そして、その効力はまだ持続していて、王位を継承するときに発動するそうだ。

必要とする者に伝えるべしという内容もあるらしく、「よもや私の代でその役目を果たすことになるとは」と手紙に書いてあった。


伝わっているヴィーロックスの記録は、思ったよりも詳しかった。

まず、ヴィーロックスは狼型の大型魔獣だという。体長は馬車が4~5台並ぶ程度というので、多分20~25メートルほど、大型恐竜サイズなのだろう。

狼型の魔獣が近くにいれば支配して使うため、群れの対処も必要になる。ヴィーロックス自体は木属性の魔法を使えるらしいが、狼型の魔獣はフレイムウォルフやバーニングウォルフなど火魔法を使えるものが多いそうだ。封印した当時は、別種の属性の魔法を使えるものが何人も協力してまずは眷属を駆逐し、次に本体を叩いてなんとか封じ込めたのだという。


名前の通りとても素早く動くため、生粋の魔法使いでは相手取るのにとても手間取ったらしい。

魔法を使える騎士たちが入れ代わり立ち代わり対処して動きを止め、その隙に魔法を放つというのを繰り返したと記載されていた。

最後は、火魔法が一番効果的だったため、火魔法で取り囲んで動きづらくし、動けなくする魔法陣で閉じ込めてから封印したそうだ。



魔獣の森はプラーテンス王国とレイシア商民国の間に広がっており、赤い石は国境線上にある。森の端からの距離だけなら、プラーテンス側の方が明らかに短い。それは、プラーテンス王国が少しずつ森を切り開いてきたからだ。

今は森の近くの町であるブリンクは、昔は森の中に作られたものだったという。

つまり、プラーテンス王国はその戦力にあかせて魔獣を追いやって森を後退させてきたということだろう。


正直に言えば、プラーテンス王国側の魔獣被害はほとんど心配していない。ブリンクにいる囚人と冒険者で水際対策はなんとかなるだろうし、異変が起これば血気盛んな冒険者たちが魔獣の森に集結するだろう。

六魔駕獣はどうかわからないが、少なくとも通常の魔獣だけなら防ぎきれるはずだ。

不安があるのは、レイシア商民国の方だ。


レイシア商民国はプラーテンス王国とは没交渉になって久しい。周辺国との国交はあるようだし、魔法陣も同じように使っているだろうが、以前見た魔獣の森近くの砦の様子を考えると正直期待できない。

なんなら、冒険者ギルドに「何かあったらプラーテンス王国だけでなくレイシア商民国の方へも出張を」と進言した方が安全だろう。

ロスシルディアナ帝国の荒れ地にあるドン・ルソルの封印が危ういことを考えると、魔獣の森の方も安心はできない。場合によると六魔駕獣同士の何らかの影響で、別の場所の封印が緩むなんていう可能性も考慮しておくべきだ。


そういったことをまとめてプラーテンス王国の宰相に伝えたところ、急いで対策すると返事が返ってきた。

王国には、魔獣対策専門の騎士団があるのだ。いつもは国中を回っているらしいが、彼らを急いで魔獣の森へ向かわせるという。そして、ブリンクやその周辺の領地にも警戒情報を伝えるそうだ。

もちろん、国内各地にある魔獣生息地についても気を抜いてはいけない。六魔駕獣の影響で魔獣が暴れるかもしれないので、配備も考え直すという。そのうえで、余裕があるようなら動きやすい冒険者を各国へ送り出すと伝えてきた。

そのあたりは各国とやり取りして考えるべきなので、宰相に丸投げだ。


現状で危ういのは帝国の荒れ地にいるというイネルシャの封印と、ゲビルゲの霊峰にあるリーベルタスの封印だろうか。いずれもプラーテンス王国からは遠いので、派遣は現実的ではない。

北側の隣国レイシア商民国と、南で接しているコルニキュラータ首長国、遠出したとしてアレンシー海洋国までだろう。


プラーテンスの冒険者も無限にいるわけではない。少なくともゲビルゲは、ヴェヒターをはじめとした戦士たちが十分な戦力となるだろう。帝国は個人の能力は落ちるが大人数の軍を抱えているし、魔塔が近い。ディケンズからは、魔塔から戦える人員を出す方向で話が進んでいると聞いた。

ヴィーロックスに関する手紙の複製は、魔塔内での閲覧に限り許可されていたので、コピーして希望する研究室に配った。また、改めて各地の石碑の文章を読んで見逃したものがないかを確認したり魔法陣を読み直して準備を整えた。


数日経って、魔塔の中央から要請があった。

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