115 魔法青年はフラグを折りたい

ギユメットとアリーヌの婚約の書類を急いで作成し、次の日の朝には帝国議会に提出した。

礼儀正しくほんのり近しくする二人はなかなかに初々しい。

しかし、もう魔塔に戻らなくてはいけないのでここでいったんお別れである。


「こちら、お二人の婚約祝いとして受け取っていただけますか?」

コーディは、一対の赤い石を包んで渡した。

「ありがとう。……これは、手紙の転移魔道具か」

魔法陣を確認したギユメットが、すぐに内容を読み解いて言った。さすがに、10年以上魔法陣を研究していればこれくらいは簡単にわかるのだろう。


「はい。手紙だけでなく、そうですね、これくらいの大きさの物ならやり取りできますよ」

両手を軽く広げて、40センチくらいの大きさを示した。

「まぁ、ありがとうございます。わたくしの魔力で送れるのは手紙くらいが限界でしょうけれど、とても便利ですわね」

アリーヌも笑顔でお礼を言った。


それに補足しようとしたが、コーディよりも先にギユメットが口を開いた。

「アリーヌ、この魔法陣ならそこまで魔力は必要ない。君でも本くらいなら余裕をもって送れるだろう。既存の応用だから論文になるほどではないが、技術登録してもいいレベルの魔法陣だな」

「本当ですか?素晴らしいですわ!」


魔道具を一つずつ分けたアリーヌとギユメットに、ノディエ伯爵が嬉しそうにうなずいて言った。

「うむ、こちらの準備は任せてください。それから、イネルシャの古書は領地に帰り次第その魔道具でジェルマン君のところへ送りますよ。義理の息子になるんだ、本くらいいくらでも貸し出しますとも」

ギユメットと娘との婚約が決まり、身内として扱うようになったらしい。ギユメットの呼び方が変わって、話し方も少しくだけている。

「ありがとう、ノディエ伯爵。魔塔に帰ってから受け取りたいので、余裕をみて5日後に送ってもらえるだろうか?こちらで写し取ったら、また丁重に返却させていただく」


「いやいや、そんなに急ぐ必要はありませんよ。古くから伝わって引き継いできてはいるが、古代帝国語に近いものの少し違う言語で書かれているから、正直なところ誰もろくに読めないんです。魔塔の研究者ならきっと読めるでしょう?……それに、ドン・ルソルに危険があることは古くから我が家に伝わっています。君たちが頼りなんです、それくらいは役立たせてください」

後半は真剣な顔で、ノディエ伯爵が言った。

「確かにあの本は読めませんわね。子どものころ、いたずらをすると『イネルシャの巣に捕まるぞ』と言われましたが、それ以外には特に何も伝わっておりませんわ」


思い出すように言ったアリーヌに、ノディエ伯爵が答えた。

「あぁ、私も子どものころ父に言われたな」

「お父様もいたずらをなさったんですの?」

「子どもなんてみんなそういうものだよ」


ほっこりする話だが、コーディは違うところが気になった。

「『イネルシャの巣』ですか」

「子どもを脅すための決まり文句ですわ。何か関係があるとは思えませんけれど」

「いえ、こういうものは意外とつながる場合があります。何かのヒントになるかもしれません。思い出していただいてありがとうございます」

「少しでもお役に立てたなら嬉しいですわ」



そうしていくらか和やかに過ごした次の日、コーディとギユメットはノディエ伯爵領から飛び立った。




行きと同じように、飛行魔法と馬車を組み合わせて移動し、3日かけて魔塔へ戻った。

魔塔ではもうドン・ルソルの赤い石の魔法陣や石碑の解読を一通り終えており、内容の解析に入っていた。

コーディが何度か調査した限りでは、メートル単位で魔力の乱れる範囲が広がっていたので、ほかの場所よりも危険度が高いと予想が立てられていた。皇帝によって軍の派遣が決定してすぐ動いている、とギユメットが報告したので、ひりついた空気は少しだけ弛緩した。しかし日々魔獣と相対しているとはいえ、ギユメットやレルカンに聞く限り帝国軍だけでは戦力不足が否めない。

グラスタイガーを相手取るのに軍人が5人がかりで魔道具も併用するとあっては、なかなか厳しい。

プラーテンスの駆け出しの冒険者なら、3人いれば安心という程度の難易度だろう。ベテランなら当然普通に1対1、場合によったら複数体を相手にしてもなんとかするはずだ。


石碑の文章は、ほかの場所の物とほとんど変わらなかった。

古代帝国のころのもので、少し違うところといえば、「たとえ皇帝の血筋が変わろうとも、皇帝家がこの地を守り誰も近づけないように」といった注意事項が書いてあったくらいだろうか。

これに関しては、知ってか知らずかきちんと守られていたので特に問題はないだろう。


コーディたちが休みをほぼ返上して魔塔でまとめられた解説を確認した次の日、ギユメットが一冊の本を持ってきた。

アリーヌから送られた、ノディエ伯爵家に伝わる古書だ。

「古代帝国語に近いが少し違う文字」と言っていた通り、それは石碑と同じ古代帝国の宮廷で使われていた特殊な文字で書かれていた。


やはり何人もの研究者が読み解きたいと手を挙げたため、まずは何人かで手分けして書き写すことになった。

何度も何度も同じものを書き写す羽目になって苦労していた弟子たちは、1ページ分を新しい紙にコピーできる魔法陣を開発していた。コーディが以前作った、魔法陣の印刷を参考に作り出したという。

写真ではなく、文字をコピーする魔法陣だ。必要に駆られるとこういうものをポンと作り出すところが、さすがは魔塔の住人へんたいである。その論文は、弟子たちが共著として出すことになっているらしい。そういうしたたかさは、とても好ましいと感じた。


そのコピーを使って、古書を複数冊用意した。

本は厚みがあったものの、羊皮紙のため紙1枚が厚く、現代の薄い紙にコピーすると数十ページ程度の薄い本になった。

コピーされた本は、すぐさまあちこちの研究室に配られ、皆が我先にと解読に取り掛かった。



一番最初に翻訳し終わったのは、古代帝国語の宮廷文字を何度も読んでいるディケンズであった。

「コーディ、これはまずいかもしれん。中央に報告するぞ」

「はい、ではすぐに会議の要望を出しますね」



まだ途中までしか読んでいないという研究者もいたが、とにかく中央の人を集めてディケンズが報告した。

「イネルシャとは、家と同じくらいの大きさの魔獣だとあった。蜘蛛だ。糸を吐いていくつも巣を作って待ち、獲物をとるのが基本だが、攻撃的なときは自ら外に出て獲物を狩る。機動力が高く、突然襲われることもあると書かれていた。そして、やはり消えていた魔法陣は石の固定だったようだ。一部の魔法陣が消えているのは、イネルシャが魔法で活動を始めている証拠といえる」

「なぜ、それが証拠だと?」

レルカンは、眉を潜めて言った。


「イネルシャは、土魔法を使う。つまり、魔法陣を書いてある石をいじったのはイネルシャ自身だ。石の風化は攻撃魔法ではないから、封印の魔法陣にもはじかれなかったのだろう」


ディケンズの言葉に、全員が息をのんだ。

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