114 魔法青年は見た
「夜会に招待されたと伺いましたわ」
その日の夜、晩餐の席でアリーヌがギユメットにそう言った。穏やかな笑みを浮かべているが、なんとなく雰囲気がピリピリしている。
「えぇ、そうなんです。魔塔を代表して皇帝陛下にご報告に行くので、向こうとしても歓迎する姿勢を示したいようです。ノディエ伯爵家にも招待状が届いているでしょう?」
それを受けて答えたのはノディエ伯爵だ。
「えぇ、受け取っておりますよ。急なことでしたので、参加を考えていたところです。しかし、主賓がギユメット様とタルコット様なら、私たちもぜひ参加させていただきますよ」
笑顔を浮かべた伯爵は、ワインを一口飲んでからさらに続けた。
「夜会は複数回行われるかもしれないとありましたが、すべて参加されますかな?私たちは、1日目だけ呼ばれているのですよ。それ以降は、当日お声がけがあるとかで」
「あら、複数回あるとは初めてお聞きしました」
「そうだったか?言い忘れていたな。すまん、アリーヌ。ドレスは何枚か持って行っておくれ。ギユメット卿とタルコット様へと交流したい貴族が残っていくだろうから、我が家も呼ばれる可能性が高い」
そこで、ギユメットが眉をひそめた。
「歓待はありがたく受けるが、そう何度も行われると困るな。それに、パーティでは適度なところで抜けて戻るつもりでいたのだが」
さすがに予想外だったらしい。
そもそも、パーティに出る予定はなかったのでドレススーツも数はない。いくら交流が必要とはいえ、ギユメットとしても必要以上に留まるつもりはないようだ。
これは要するに、集団お見合いなのだろう。どうにかして、めったに外に出てこない独身の魔塔研究者を帝国貴族と縁付けたいらしい。
コーディは外国出身であることと身分が低いことでうまく逃れられるかもしれないが、ギユメットは難しいだろう。なにせ、帝国出身で見目の良い侯爵なのだ。
聞いていたアリーヌの瞳が、緑色にギラリと光ったように見えた。
「それでしたら!」
ことのほか大きな声だったため、全員がアリーヌを見た。
「失礼しました。そういうことでしたら、わたくしをパートナーとしてお連れください。すでにパートナーがいて二人でやり取りしている場合、無理にねじ込まれることはありませんわ。親しくする家を決めていると示せば、パーティも一度で終わるでしょう。そうですね、親しく見えるように魔塔の村や研究のことなどを楽しくお話しいたしましょうか。いかがですか?」
コーディには、肉食獣の幻影が見えた。
「それは助かりますが、アリーヌ嬢やノディエ伯爵に迷惑をかけてしまうのではないですか?」
「いいえ!全く問題ありません。たしかに伯爵家は身分としては貴族の中堅ですが、ドン・ルソルを守る領地を治めていて、帝国建国から存在して幾度かは皇帝家の姫君が降嫁された由緒と歴史のある家ですのよ。ご心配は無用です。タルコット様には、親戚の令嬢をご紹介しますわ」
コーディにまで飛び火してきた。
「お気遣いありがとうございます。僕は聞かれない限りギユメットさんの従者のふりをしますから、大丈夫ですよ。それに、エスコートのマナーも怪しいんです。お相手の方に失礼をしそうなので、僕は一人で参加させていただきます」
「タルコットは正式なデビュタント前だし、下手に付け焼刃で出るよりはそういう体で誤魔化す方がいいか。しかし、お前も貴族なのだから、きちんと学んでデビュタントしなければならんぞ」
「……努力します」
アリーヌからは、『口だけだろうな』と言いたげな視線が飛んできた。
すぐにでも出発するのかと思ったら、コーディたちの当初の予定と変わらない出発日だった。
帝国は魔法陣が発達していて、馬車には軽量化と速度上昇、馬具には疲労軽減と速度上昇の魔法陣を組み込んであるそうだ。魔道具なので、普通の馬車よりものすごくお高い。しかし、それくらいは余裕のある貴族として当然持っているものらしい。
帝都の高級宿をとる予定だったが、ノディエ伯爵が当然のように誘ってくれたためギユメットがそれを受け、伯爵家のタウンハウスに泊めてもらうことになった。
―― 着々と外堀を埋められておるのぅ。
かなりのスピードで移動する馬車の中でギユメットとアリーヌの会話を聞き流しながら、コーディは書き写した魔法陣に目を落とした。
皇帝への報告は朝から行われ、思ったよりもあっさりと済んだ。
内容を確認した皇帝は「すぐに軍を配置する」と決めた。その危険度と緊急性が正しく伝わったようだ。皇帝のそばに立っていた数人も同じように真剣に受け取っていたようなので、きちんと動いてくれそうである。
しかし、やはり一枚岩とはいかないらしい。
何人か、同席していた貴族に呼び止められて、「ぜひうちの娘と」「よければ我が家に滞在を」と声をかけられた。
パーティに関しても、皇帝はその場で「今夜だけ」と宣言していたが、「あなた様が望めば何日でも、いずれかの貴族家が主催するでしょう」とすり寄ってきた。
皇帝以下トップ層が動きだしたというのに、状況が読めていなさすぎる。
ギユメットが丁寧かつきっちりと断り、一旦伯爵家のタウンハウスへと戻った。
夜会のために準備を進め、コーディの身支度までメイドが手伝ってくれた。着替えこそ自分でしたが、髪をセットしてもらったので少しはそれらしく見えるだろう。
会場は城の大広間で、とても煌びやかだった。
ギユメットがアリーヌをエスコートして会場に入った途端、空気が大きく揺れた。
思った通り、ギユメットたちペアが主役級に注目されたため、彼らに付き従うように立つコーディはさほど目立たなかった。
幾人か、果敢に挑戦する令嬢はいたのだが、アリーヌが親切を装って研究についてギユメットに水を向け、生き生きと魔法陣について語るギユメットに令嬢たちが困惑。さらにホリー村までの道筋について語らせ、一歩下がっていた令嬢たちをさらにドン引きさせた。
ライバルを蹴散らすという意味では見事な手腕であった。
遠巻きにする人たちからは、「あのノディエ伯爵家ならまぁ……」「建国からある貴族の一つだし、ドン・ルソルの番人だからな」といった声が聞こえてきた。
おおよそアリーヌの思惑通り、収まるところに収まったらしい。
夜会から帰ったときに、ギユメットがようやく気付いた。
「アリーヌ嬢、このままでは君は私と結婚する流れになっています。これ以上誤解を与えるのはよくないと思うのですが」
タウンハウスの玄関ホールで、困ったようにそう言った。
状況には気付いたようだが、微妙にずれている。
「ジェルマン様、それなら誤解でなくなればいいだけではありませんか?」
「そういうわけには。アリーヌ嬢はまだ若いのだし、もっとつり合いの取れる年頃の貴公子がいるでしょう」
「年齢など!それよりも、わたくしはジェルマン様がいいのです。お慕いしております、ジェルマン様。どうか結婚してくださいませ」
ずずい、と迫られて、混乱したらしいギユメットはアリーヌの両肩を押さえた。
「落ち着きたまえ。私は魔塔の研究者だから、帝国には住めないんだ」
アリーヌは負けじとギユメットの腕に手を添えて、上目遣いに覗き込んだ。
「もちろん、村までついてまいります!すぐには難しいですが、家事も家計もお任せいただけるように訓練いたします。まっすぐで、研究にも真摯なジェルマン様とともにありたいのです。それともわたくしでは、ご満足いただけませんか?」
そこまで言われて、ギユメットも思うところがあったらしい。
じっとアリーヌを見下ろしてから、そっと彼女の手を取った。
「そんなに情熱と気概のある女性は、アリーヌ嬢が初めてです。私ではおじさんかもしれないが、それでもついてきてくれるなら大切にしたい。私と結婚してくれるだろうか」
言いながら、手のひらに口づけを落とした。
遠巻きにしていたメイドだろうか、黄色い悲鳴が聞こえた。
「もちろんです!それから、ジェルマン様は少し年上なだけでおじさんではありません」
頬を染めたアリーヌは、満面の笑みで答えた。それを受けるギユメットも、照れたように微笑んでいる。
「ありがとう。今はまだ研究の関係で動けないんだ。六魔駕獣の問題が片付いたら、貴女を迎えに来ます」
「嬉しいですわ。わたくし、それまでに家のことは何でもできるようになっておきますわ!」
「おぉ!私はアリーヌの父として歓迎いたしますぞ」
―― それは、『ふらぐ』というやつじゃないかのぅ。
二人のやり取りを見守っていた伯爵が喜びの声を上げるのを聞きながら、コーディは不穏なことを考えていた。
「ところで、『六魔駕獣』とは、あの六魔駕獣ですの?我が家にも、イネルシャに関する古書がございますわ」
「「えっ?!」」
ここにきて、まさかの情報である。
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