113 魔法青年はおせっかいをする

ノディエ伯爵邸の庭は広い。

領地の端に設けた別邸だというが、なだらかな丘になった敷地はたっぷりしていて、周りの景色も見渡せる。遠くには、ドン・ルソルの荒れ地も見えていた。庭の東屋からも、その景色は十分に堪能できる。


「そのとき、わたくしは『研究はもちろん、伴侶も人生のいろどりになるでしょうね』と言ったんですの。こういう場合は、話題にしたいのは『伴侶』の方ですわ。わたくし、間違っておりませんよね?」

「えぇ、はい。前後の話題にもよりますが、その文脈なら主語は伴侶ですね」

「ですわよね?!なのに、ジェルマン様ったらご自身の研究のことを嬉々として語ってくださったんですわ。もちろん、わたくしも魔法陣については多少学んでおりましたし、とても興味深いことではありますわよ。楽しそうにお話しになるジェルマン様も素敵ですし。で・す・が!今!お聞きしたかったのは!伝えたかったのは!研究のことではなくて伴侶のことですの!なぜそこで研究のお話だけになってしまうんですか?やはり研究者ともなると研究バカなんですの?」


庭からの眺めをなんとなく鑑賞しつつアリーヌの言い分を聞いている限り、普通の貴族男性に対してなら十二分なアピールになるだろう内容だった。しかし、ギユメットは総スルーしたのである。

「研究バカという部分については否定できませんが、さすがに僕でも気づくでしょうね」

「そうですわよね?!普通は気づきそうなものですのに。でもそういうところも可愛らしく見えるんですから、やっかいですわ」


アリーヌは、ほぅ、とため息をついた。少し考えたコーディは、おせっかいと知りながら口を開いた。

「ギユメットさんは、天才肌というわけではないと思うんです」

「あら、驚くほど優秀な方ですわよ」

「その通りです。ただ、とんでもない発想を繰り出す天才というよりは、コツコツ積み上げる秀才型だと思うんです。そのレベルが、非常に高い」


「そういうことならわかりますわ。積み上げている知識量が半端ではないと、わたくしでも理解できましたもの」

「僕は魔塔でお会いしたのでそれ以降のことしか知りませんが、きっと帝国の魔法学園のようなところでも同じように、ひたすら魔法陣の勉強に取り組まれていたんでしょう」

「多分、そうですわね。あぁ、そのころにお会いしたかったわ!」

「つまり、貴族的な恋愛のやりとりは一切されてこなかったと思うんです」


コーディが言った内容を咀嚼するように、アリーヌは口を開いてから閉じ、そしてうなずいた。

「そうかも、しれませんわ」

「というより、魔塔に来るためにそこまでしたんじゃないかと思います。社交などは後回しにして、ほぼすべての時間を勉強と研究に注ぎこまれたんでしょう。だからまぁ、乱暴に言えば人の機微に、特に恋愛方面には疎くて、好意を寄せられていることに気づいていないんじゃないかと」

「わからないでもありませんわ。要するに、お勉強に時間を割きすぎて情緒発達がお子様ということですのね」

アリーヌは、惚れているはずのギユメットをこき下ろした。とはいえ、その表情はどこか柔らかい。冷静さを残しているのは、貴族としてのあり方なのかアリーヌが本気だからか。


「少し前に聞いたんですが、ギユメットさんは結婚したくないわけではないそうですよ」

「まぁ!それなら希望がありますわね」

「結婚相手には魔塔のふもとの村まで来てほしいそうなんです。そこではもはや貴族らしい暮らしは難しいです。家事をしてくれるメイドくらいは雇えるでしょうが、パーティもなければ村の外に自由に出ることもできません。ギユメットさんは『そんな暮らしを受け入れる貴族女性はまずいないだろう』とおっしゃっていました」


そもそも、研究者と一緒とはいえ迷いの樹海を超えるというのが大きな障害である。そこいらにある森よりも凶暴な魔獣がうろうろしていて、ゆっくり進むなら樹海の中で一泊しなければいけない。そんなところに宿などあるわけもなく、よくてテント泊、普通はすぐ動けるように屋根すらない野宿だ。

物品こそ転移の魔法陣で送ることができるとはいえ、人は危険を冒して樹海を進むしかない。

しかも、ホリー村は帝国ではないため貴族であるが故の優遇措置などないのだ。なんなら、通いのメイドを雇ったとしても、自分の世話くらいは自分がすることになるだろう。何もかもメイドに任せる現在の伯爵家のような生活はできないと考えたほうがいい。


そういった危険やデメリットも軽く説明すると、アリーヌは覚悟を宿した緑の瞳を煌めかせた。

「わたくし、これでも着替えや食事の準備くらいは自分でできますの。簡単なお料理もです。それに辺境と呼ばれる伯爵領に住んでおりますから、魔獣退治の経験もございます。好いた方に嫁げるなら魔塔の村にくらい、いくらでも行きますわ!結婚したらお相手の居住地域へ行くのは当然ですもの。ほかの家事はしたことがありませんが、嫁入り前にメイドたちにいろいろと仕込んでもらいますことよ!」

マイナス部分をあれこれ伝え、そんな酷な生活なら諦める、と言い出すかもしれないと考えていたコーディだが、アリーヌは逆に振り切ってきた。

恋する乙女は強い。


「そこまでおっしゃるのでしたら、僕としては陰ながら応援するほかありません」

「うふふ、聞いてくださってありがとう。わたくし、もう少し頑張ってみますわ!」

コーディは、現実を伝えて冷静さを取り戻してもらうつもりが発破をかけてしまったようだ。とはいえ、そこまで覚悟を決められるならゴールインもあり得なくはなさそうなので、これ以上は自分たちでなんとかしてほしい。


コーディは思わずため息をついた。





次の日、魔塔からの手紙と帝国の議会からの手紙が届いた。

魔塔からの手紙は転移の石で、議会からの手紙は馬車で届けられた。ノディエ伯爵領から帝都までは、普通の馬車で4~5日ほどらしい。

「ギユメットさん、魔塔からの手紙はやはり魔法陣の解析結果でした。ギユメットさんの調査内容とほぼ同じです。そちらはいかがですか?」


魔塔からの手紙をコーディが、議会からの手紙をギユメットが読んでいた。

「あぁ、こちらはパーティの招待状だ。皇帝への報告の後、歓迎パーティを開催してくれるそうだ」

「えー」

「規模は小さめだが、魔塔の代表者のための夜会だな。帝国としては、歓迎を姿勢を示す必要があるのだろう」

そう言いながら、ギユメットは2枚ある招待状のうち1枚をこちらによこした。そこには、間違いなく『コーディ・タルコット准騎士爵』と書かれていた。


「気持ちはわかるが、これも必要な交流だ。夜会だからな、華やかな女性がたくさんいるぞ」

「他国の准騎士爵なんて見向きもされないでしょうけど、それでも僕は遠慮したいです。そうだ、ギユメットさんの従者っぽく立っていますよ。そのほうがバラバラにされずに済みそうですし」

「まぁ、パーティでは仕方あるまい。慣れも必要だからな、私のやり方を見てまねればいいだろう。しかし、皇帝陛下への報告ではそうはいかんぞ」

「大丈夫です、国のトップの方なら逆になんとか」

「……おかしなやつだな」

ギユメットに変なものを眺めるように見られたが、儀礼的なやり取りの方がまだ正解がわかりやすいのだ。


そして、その話は当然アリーヌの知るところとなった。

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