112 魔法青年はまた待機する

次の日、コーディは一人でドン・ルソルへ向かった。

ギユメットが言っていた「離れた場所にある追加の魔法陣」を探すのと、確認漏れがないかの調査だ。

昨日と同じように弁当を用意してくれたのでありがたく受け取り、ギユメットに見送られて空へ飛び立った。


一時間ほどで岩の塊がある場所に到着し、そこからは見落とさないよう歩いて探した。

周りはただの砂と岩ばかりでずっと似たような風景だが、とにかく魔力の乱れが酷い。教わったとおり北へと歩を進めると、程なくして赤い石が見つかった。

こちらは赤い石で魔法陣を作っているのではなく、一つの石に一つの魔法陣が描かれていた。それが、4つ並んでいる。


どの石に描かれている魔法陣も同じものだ。多分、並列倍加もしているだろう。

そんなに大きなものでもないため、今ここで辞書を調べても大して時間はかからない。

気になったコーディは、その場で辞書を取り出して文字を調べた。


「指定した場所の石の状態を保つ魔法陣か……。あちらで風化して読めなくなっていたものと同じじゃろうな」

しかし、ここにある石はそこまで風化しておらず、魔法陣の文字はしっかり読める。やはり、あそこでは何らかの理由で石の風化が早いのだろう。多分それは、封じられている六魔駕獣が関わっているはずだ。

距離が遠いためか、ここの石は風化していない。しかし、本体である赤い石の魔法陣から指定して発動しているので、状態保存の効果は赤い石だけが受けることとなり、あちらにある状態保存の魔法陣は守られなかったのだろう。実際、周りの石よりは赤い石の風化が進んでいなかったので、この魔法陣は生きているようだ。


土魔法に対抗するなら木魔法がよく効く。

しかし、土そのものを扱うなら。

「土魔法を使うのか」

コーディは、遠くに見える封印場所を睨みつけた。




赤い石やその周りももう一度見て、見落とした魔法陣がないことを確認した。当然、離れたところにあった魔法陣も写真に撮ってある。

魔力の乱れを感じられる範囲が昨日よりも明らかに広がっていることも確認できた。

弁当をそこで食べてからもう一度だけ全体を確認し、ドン・ルソルを後にした。


ノディエ伯爵邸に戻ったのは、ちょうどお茶の時間くらいのことである。

まずはギユメットに情報を共有しようと、メイドに彼の居場所を聞いた。すると、少し困ったように逡巡したあと、仕方なさそうに口を開いた。

「ギユメット様でしたら今、応接室におられます」

「応接室ですか?わかりました、ありがとうございます」

「あの!その、もし向かわれるのでしたら、私がご案内いたします」

「いえ、応接室でしたら僕でも場所はわかりますが」

そんなに複雑なつくりでもないし、初日に屋敷の中を案内されたので当然知っている。


「アリーヌ様が、お相手をされておりまして」

若干落ち着きのない様子で視線をうろうろさせ、メイドはそう言った。つまり、ギユメットを攻略中ということだろう。

しかし、自分たちはお見合いにきたわけではないので、重要な報告を後回しにする必要性は感じない。


とはいえ、無粋なことをしたいわけでもない。

「そうなんですね。僕では入室のときに失礼があるかもしれませんので、案内をお願いいたします」

「はい。では、ご案内いたします」

明らかにホッとしたように言い、メイドは心持ちゆっくりと歩いた。


ノックをすると、中からはツンとすましたようなアリーヌの声が返ってきた。

「何かしら?」

「失礼いたします。タルコット様が戻られました」

「お、戻ったか!どうだった?赤い石の解析は一区切りついているぞ」

「あ、ジェルマン様……」


ドアを開けて用向きを告げると、ギユメットはすぐにソファから腰を上げてこちらにきた。

相変わらず、自分がアプローチされているとは露ほども考えていないらしい。ギユメットの肩越しに、むくれた表情のアリーヌが見えた。


そのまま彼女に断って場所を移し、ギユメットが使っている部屋で報告した。

「確実なことは言えませんが、封じられている六魔駕獣が、土魔法で干渉している可能性があります。これまでと同じ内容の魔法陣なら、攻撃魔法は霧散しますが、それ以外の魔法は通用すると考えられるので」

「土魔法……確かに、魔法陣には攻撃魔法の霧散や魔力の吸収といったものはあったが、攻撃以外の魔法については何も記述がなかったな」


「まずは、まとめて描き写したら魔塔に送りましょうか」

「そうだな。それから、魔塔での解析結果を受け取ったら皇帝にあの精巧な絵と調査書を提出しなければ」

「……そうでしたね。そのためにドレススーツを持ってきたんでした」

遠い目をしてコーディが言うと、ギユメットは呆れたように目を向けてきた。


「そもそもがそういう条件で調査を許可されたんだぞ。私もそうだが、タルコットも皇帝に目通りできる機会なんてめったにないんだから、栄誉なことだと思うべきだ」

「はい、もちろん分かっていますよ。でも、できることならすぐに魔塔に帰って解析に加わりたいです」

「思っていても言うな。ここでも多少はできるだろう。それに、各国との円滑なやりとりも研究には必要なことなんだぞ」

渋々という態度を隠さないコーディを、ギユメットは若干慰めつつ諭した。

善は急げと、その日のうちに追加の魔法陣と石碑の文字をすべて描き写し、ギユメットの解読結果もつけて魔塔へ転送した。



次の日から2日ほどは、一旦ノディエ伯爵邸で待機させてもらうことになっていた。

帝都へは、飛行魔法と馬車を使えば1日で行けるので、若干セコいが宿泊費を浮かせるのである。報告は、5日後と決まっていた。

待機1日目にのんびりとギユメットの解読内容を読んだり魔法陣を解析したりして、休憩として庭へ出たところで、コーディはアリーヌに呼び止められた。


「そりゃあ、初めはどうかと思いましたわ。いくら魔塔に所属されている侯爵の方とはいえ、全く知らないとても年上の方ですし。父がいくら乗り気でも、わたくしは適当にお相手して『頑張ってみましたがだめでした』ということにするつもりでしたの。でも、とっても素敵な方だったんですもの!あんなふうに紳士的で貴族の誇りを持ってかつ落ち着いているのに、裏表のないまっすぐな方ってお会いしたことがありませんでしたわ。わたくし、とても頑張りました。それなのに、どうして何の反応もございませんの?研究者の方って朴念仁ばかりですの?それとも、ジェルマン様が特別鈍いんですの?」

庭の東屋でお茶を前にして、アリーヌの愚痴を聞かされる羽目になった。

「ギユメットさんは、貴族としての矜持を保ちながらもしっかり魔塔の研究者ですからね。貴族によくある『過剰に裏を読ませる』やりとりはあまりしないでしょう」


「そういうところがいいんですわ。いつも裏を読みあうなんて、一緒にいて疲れてしまいますもの。紳士的で貴族のことをよく知ったうえで裏表のない方なんてまずいらっしゃいませんわ。どうせ一生お相手して過ごすなら、わたくしはああいう方がいいんですのよ。ですから都度お声がけしておりますのに、完全に受け流されておりますの!」

アリーヌは、ぷりぷりと怒りながら惚気のろけていた。

多分、そのアプローチが『裏を読ませる』方向になっているからうまくいかないのだろう。


コーディは、黙って首を縦に振ってお茶を流し込んだ。

アリーヌの話は、まだまだ終わりそうにない。

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