111 魔法青年は応急処置をする
写真は、実際に岩に彫られた文字がかなり浅くなっていることを余すことなく伝えていた。
一部の文字については、風化が進みすぎて読めなくなっている。とはいえ、単語は一部が残っているので読み解くことはできるだろう。
しかし石碑がこれだけ傷んでいるので、赤い石にあるだろう魔法陣の文字の保存状態も期待はできない。
石碑の写真を撮り終わって、コーディは赤い石を順番にめぐった。
土埃をはらえば他の石よりも明らかに赤いことがわかる。そして、すべて側面に文字が彫られていた。
それはやはり魔法陣として機能していて、しかし文字が薄くなっていた。石碑ほどは風化しておらず、まだすべて残っているように見える。
赤い石の近くに転がっている石の一部にも、魔法陣らしきものの跡があった。しかし、こちらはかなり風化が進んでいてほとんど読めない。
眉を潜めたコーディは、アイテムボックスから筆と自作の墨、それから紙を一枚取り出した。
紙には、ゲビルゲの霊峰で写した魔法陣の一つを描き写してある。岩石の状態を保つ魔法陣だ。
赤い石の魔法陣の中央付近にある岩に近づき、平らな面を探した。そして、墨で丁寧に魔法陣を描いた。
土魔法で岩に彫るという手も考えたものの、それによってここに封じられている六魔駕獣を刺激するのは得策ではない。
きっちり魔力を纏っているコーディ自身は特に不具合など出ていないが、魔力の荒れ方に意志を感じるのだ。少し、ゲビルゲの霊峰を思い出した。
これまでの赤い石の魔法陣には、攻撃魔法の霧散や封印している魔獣の魔力を吸い上げて魔法陣を稼働させるといったものが共通していたので、多分ここもそうだろう。この六魔駕獣が攻撃しようと魔法を展開したところで霧散してしまう。
しかし、逆に考えると攻撃魔法以外なら使える可能性がある。六魔駕獣にどこまで知性があるのかはわからないが、少なくともこの風化の進行は確実にこの下にいるヤツのしわざだろう。
岩の状態保存の魔法陣を描きあげたところ、土埃が少し収まったので間違いなさそうだ。
「どのくらい猶予があるじゃろうか」
とりあえずの応急処置を終えたコーディは、墨で描いた魔法陣も写真におさめて飛び上がった。
「戻りました」
ギユメットは、先程よりも少し岩の塊から遠ざかったところに腰を下ろして待っていた。
「あぁ、怪我はないか?」
「僕に問題はありません」
それを聞いたギユメットが片眉をひょいと上げた。
「魔法陣には問題があったのか」
「そうですね。……こちらを」
数枚の写真を見せると、ギユメットは一瞥したあと眉をひそめ、顔を近づけて凝視した。
「なんだこれは。タルコット、他の魔力の乱れる場所でも似たような文字の薄さだったのか?」
「いいえ。ここは明らかに風化が進んでいます」
「そうか……不自然だな。このあたりは雨が降らないし水場も遠い。これまでの魔法陣と同じなら、こちらの普通の石には風化を遅らせるような魔法陣が描かれていたはずだ。しかし、その痕跡程度のものしか残っていない」
コーディは、うなずいて同意した。
「そうなんです。魔力の乱れもほかと比べ物にならないくらい酷いですし、風化が進みすぎています。とりあえず、応急処置だけしてきました」
ひらり、と見せたのは墨で描いた魔法陣だ。
「……石自体の状態保存と、石の位置を固定するものか。なるほど、とりあえずの現状維持としてはこんなものだろう。これは、なるべく早く正確に報告するべきことだ。すぐにノディエの屋敷に戻るぞ」
「はい」
伯爵邸に戻ったのは昼過ぎくらいのことだった。
早く戻ったことに驚かれ、そういえば空腹だったと思い出し、持たせてもらった弁当のサンドイッチを遅い昼食として食べた。
急いで食べ終わって早々に机に写真を広げ、赤い石の魔法陣を紙に描き起こしていった。
実物の直径はおよそ40メートル。
六魔駕獣の名称らしい「イネルシャ」は、「卑怯な」という意味だ。よっぽど戦いにくい相手だったのだろうか。
詳細の解読は後回しにして、次は石碑の書き写しだ。こちらも見たことのある単語が多かったので、おおよそ似たような内容なのだろう。
コーディが石碑を書き写している間に、ギユメットが赤い石の写真を眺めては描き起こした魔法陣を眺めて確認していた。
「おい、タルコット」
「なんでしょうか」
コーディの書き写しが一区切りついたのを見計らって、ギユメットは声をかけてきた。
「明日、もう一度あの岩の近くを確認する必要がありそうだ」
「広がっている程度を見るために行く予定でしたが、ほかに何か足りていませんでしたか?」
「足りないというか……ここが気になるんだ。ほかの魔法陣にはなかったものだ。無理やりこの部分に付け足したように見えるだろう」
ギユメットが見せた紙には、何枚目かに撮った赤い石の写真があった。
石に彫られているのは十文字ほどだったが、そのうちの五文字は書き手が違うのか位置も文字の雰囲気も違う。
「本当ですね。後から付け足したように見えます」
「そうだろう?付け足されたらしい部分は、指定の魔法陣の強化を意味している。指定は本体ではなく、この石から北に100メートルほどの場所らしい。その魔法陣が何かわからなくても魔法陣の全体像はある程度わかるが、できればすべて把握しておきたいだろう」
「そうですね。わざわざ離して設置した理由も気になりますし……。明日、もう一度行ってきます」
「わかった。今朝と同じくらいの時間でいいか?」
その言葉にコーディは少し考えた。
「そうですね、今日と同じくらいに出れば日中のうちにこちらに戻れるでしょう。ギユメットさんは魔法陣を解析されますか?」
「いや。あぁ、だがそうした方が無駄がないな。ついでに、石碑の文字で今日中に終わらない分は私が書き写そう。タルコット一人にあそこまで往復させるのは心苦しいが」
「いいえ、何も問題ありませんよ。それに、なるべく早くまとめて報告した方が良さそうですから」
「確かにな。他の場所よりも風化が進んでいるのは気になるし、あちらでは爺様方が手ぐすね引いて待っているだろうし」
「そんなにですか?」
コーディはいつもディケンズに報告するだけなので、赤い石の魔法陣が魔塔でどのように扱われているのかよく知らないのだ。もちろん、重要なものとして複数人が解析に取り組んでいるのは知っているが、直接見ていないから熱量などはわからない。
「あぁ、すごいぞ。毎回争奪戦だ。あんまり手を上げる者が多いから、まずは弟子たちが描き写して増やす。写した傍から各研究室に配られて、それぞれに解析する。そして、2日に一回くらい報告会がある。そこで解析内容をすり合わせて、情報をまとめている。超古代魔法王国の魔法陣なんて、研究者にとっては垂涎ものだからな。緊急性や必要性ももちろん理解しているから真剣だが、彼らにはそれ以上になんというか近寄ってはいけない何かを感じる」
遠い目をしてそんなことを言うギユメットだが、彼もそんな中で負けじと解析に取り組んで、飛行という新しい魔法まで習得して現場に来ているのだ。
誰しも、自分のことは客観視できないものなのだろう。
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