110 魔法青年は荒れ地を見る

明日の朝から飛行魔法で荒れ地へ向かう、と改めて決め、コーディが部屋に戻ろうとしたら、ギユメットに引き止められた。

「なぁ、アリーヌ嬢は貴族の歓待を練習すると聞いたが、今のままでも十分だと思わないか?こちらの話をきちんと聞いてくれて気持ちよく話せるし、質問も的確。部屋の環境も整っているし、我々の特殊性を知った上でメイドは呼び出したときのみにしてくれている。ノディエ伯爵には、相手が必要としていることをよく分かっていて対応力が高いし、練習など必要ないときちんと報告すべきだな」


まさかの天然だった。

というより、恋愛に関してピュアすぎて気づいていないのかもしれない。秋波をただの歓待だと勘違いしてしまっている。


「ギユメットさん、あれはアプローチですよ」

「何のだ?」

「えぇっと、ギユメットさんを結婚相手として、ですね」

「ん?誰の」

「アリーヌ様の」

「彼女の?結婚相手。私がか?いやいや、10歳は離れているぞ。年齢でいけば狙うのはタルコットの方だろう?私は帝国貴族でもあるからな、ちょうどいい練習相手にされただけだ」

「あー、……うん。はい。それでいいです」

アリーヌのために説明しようかと思ったが、めんどくさくなった。コーディも、今日はなんだかんだと疲れているのだ。


「そうだろうそうだろう。私は結婚については家に任せている。たまに帰れば社交に引っ張り出されはするが、それ以外には特に何も言ってこないから特に政略的なものも必要ないんじゃないか?予備である必要もない四男なぞそんなものだろう。それに、魔塔までついて来ると言える貴族女性などめったにいないからな。魔塔には遠距離で結婚して年一回通っている研究者の先達もいないことはないが、私としては、結婚するなら家族になるのだし、魔塔をやめるつもりはないからホリー村まで来る気概のある女性がいい。が……貴族の女性にそれは酷だ。だから家に任せている形だが、ほとんど諦めているようなものだ。タルコットがどう考えているのか知らんが、結婚したいなら平民を選んだほうが平和かもしれんぞ」


うんうん、とうなずいて最後は的外れなアドバイスをくれた。それに、引っ張り出されている社交とは、もしかすると貴族女性との顔合わせなのではないだろうか。ギユメットが全く気づいていないだけで。

コーディはギユメットの両親の努力を思い、虚無の顔で適当に返事をして部屋を後にした。




次の日、動きやすい服装の上からローブを羽織り、朝早くにノディエ伯爵邸を後にした。

かなり早くから朝食を準備してくれた使用人たちには感謝しかない。しかも、昼食の弁当まで持たせてくれた。ノディエ家として色々と下心はあるのだろうが、有難い限りである。


伯爵邸の敷地から飛んでおよそ1時間。

眼下はすべて荒地である。植物はほぼ見当たらず、土と岩がゴロゴロしている。川や湖のような水場もほとんどなく、全体的に茶色だ。帝国に来る前に読んだ資料によると、このあたりでは風が陸から海へと吹いているため、冬でも凍るだけで雪は降らないらしい。雨も同様にあまり降らないので、土地が痩せている。

寒い上に土地が痩せていて動物はおろか植物もあまり育たず、旨味の少ない土地なので貴族への報奨には向かない。それ以前に、皇族が定期的に訪れるという歴史物があることから、帝国建国の頃にはすでに北の荒地は皇族直属の領地だったようだ。


しばらくすると、遠くに岩の塊と土埃が見えた。まだ500メートルは離れているが、そこでギユメットがゆっくりと速度を落として降下した。

何か見つけたのかと思ったが、両足で立ったコーディに対してギユメットは真っ青になって膝をついた。

「ギユメットさん、大丈夫ですか?」

「むしろ、なぜお前は平気なんだ。迷いの樹海もなかなかだったが、このあたりの魔力の乱れは酷すぎるぞ」


そう言われ、コーディは軽く周りの魔力を探った。

確かに、乱れというよりは荒れ狂っている感じだ。ゲビルゲの霊峰もかなり魔力が荒れていたが、こちらの方が強い。ゲビルゲが季節の変わり目の突風だとしたら、こちらは竜巻だ。

魔力を纏って保つことで、ギユメットの顔色は少し戻った。しかし、かなり強固に魔力を纏わなくては厳しいらしく、「これ以上近づくのは難しい」と眉をひそめた。


「迷いの樹海にある魔力の乱れはここまで酷くはなかった。赤い岩のところまで行けばさすがに気分は悪くなったが、動くのに支障はなかったんだ。これは、おかしい」

「そうですね。急いで様子を見てきます。ギユメットさんは、ここから少し離れて待っていてください。この魔力の嵐だと、魔獣も寄ってこないでしょうし」

コーディは、岩があった方へ目線を向けた。多分、あそこで間違いないだろう。


「わかった。私は足手まといだな……。魔法陣を書き写したら、解析するのは任せてくれ。これでも魔法陣の専門家だし、迷いの樹海の魔法陣はほぼ一人で読み解くことができたからな」

今回ギユメットが来ることになった理由の一つは、超古代魔法王国の文字をある程度覚えていることだ。魔塔の中でも、いち早く基礎的な単語を習得したらしい。

コーディは、辞書に頼るためうろ覚えである。

「いいえ、適材適所です。とりあえず、今日は急いで行って写真を撮ってきます。見たままを写すものですが、今回はそれも許可をいただいていますから」


コーディが言うと、ギユメットはだるそうにしながらもうなずいた。

「あぁ、あの精巧な絵だな。現地に来た私たちが見たら、あとは誰にも見せずに皇帝陛下にお渡しするんだったか。皇帝陛下は、ずっと手前にあった専用の別邸まで来訪され、荒地に向かって祈られるんだ。実物をご覧になりたいのだろうな」

うんうんとうなずいているが、他国どころか帝国内へも情報を漏らしたくないだけだろう。皇帝や側近あたりにはもう六魔駕獣についての話は伝わっている。そんな脅威があることが意図しない形で広まって国を混乱させることは避けたいはずだ。


ギユメットは貴族らしい傲慢さはあるが、根本的に性善説で考える素直な人物だ。貴族としての立ち居振る舞いを学んで実践もできているのに、人の機微にうとい。きっと、魔法陣に傾倒している間にそういったドロドロした部分をスルーしてしまい、そのまま魔塔に来てしまったためだろう。

なんとなく孫を見るような気分になった。

こういった部分を美点とみて一緒に過ごせるお嬢さんなら、きっとギユメットも穏やかに過ごせるだろう。



思考が脇にそれたが、コーディは迷いなく岩の塊のところまで飛んだ。

魔力の嵐はかなりの威力で、岩の周りには土埃がたっている。油断すると目の中に砂が入ってきそうだ。

その土埃は、風で舞い上がっているわけではなかった。土そのものが震えており、並んだ岩や石が細かく揺れているのだ。


岩や石が並ぶそばに、石碑があった。

赤い石は、岩の塊の中に紛れ込んでいる。土埃を被っているので、よく見ないとどれが赤い石かわからないくらいだ。

コーディは、まずは石碑を紙に写すことにした。


「……これは、よくないのぅ」

写したものと実物を見て、コーディは眉を寄せた。

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